3Dプリンタやオープンソースハードウェアの普及し、一般の人が個々のニーズに合ったハードを手作りできる「メイカー」の時代が来る――「MAKERS」(クリス・アンダーソン著)が提示したもの作りの未来に注目が集まり、メディアの報道も過熱している。
“メイカー革命”に自ら飛び込もうと、素人ながらハードウェアを制作し、起業した人がいる。大学在学中からWebサービス開発を手がけ、就活サイト「みんなの就職活動日記」やアクセス解析ツール「なかのひと」などを開発してきた伊藤将雄さん(39)だ。
メイカームーブメントに触れた当初は、「普通の人がハードを作れるようにはならないのでは」と懐疑的だったが、自ら半田ごてを手に取り、実際にハードを作ってみることで、その可能性を実感したという。
「クラウドとデバイスがつながって面白いことが起きる時代が、100%来ると思う」。今はそう確信している。
伊藤さんが創業したのは、実世界の人や物とインターネットをつなぐ事業を展開するベンチャー企業・キーバリュー。同社の最初の試作品は、Googleストリートビューの景色の中を走れる自転車「Virtual Cycling」だ。
フィットネス自転車とマイコンボード、iPad(iPhone)、センサー付きヘルメット、テレビ、扇風機などを接続。ペダルをこぐのに合わせてテレビ画面上のGoogleストリートビューが更新される。加速度センサーを搭載したヘルメットを装着し、体の傾きに合わせて右折、左折が可能だ。
走る速度が上がると扇風機からの風量が増え、風を感じながら走ることができる。耳たぶに運動量を分析するセンサーを装着し、iPadで運動量を観測、結果をソーシャルメディアに投稿することもできる。
Virtual Cyclingは、同社唯一の社員である金子直人さん(26)と、1〜2カ月ほどで作り上げた。2人ともハード開発は素人。基本的な回路図などはネットや書籍で調べられるが、実装したり組み合わせるとどうなるかは、やってみないと分からず、「初期のネットと同じで、試行錯誤が必要」だったという。
最初の製品に自転車を選んだのは、「日ごろの運動不足解消のため」だ。退屈なフィットネス自転車も、ストリートビューの景色の中を走ることができれば、楽しく運動できるのではと考えた。「メイカームーブメントがすごいのは、欲しいと思ったものが自分で作れてしまうこと。手芸のような感覚で、ハードウェアを作ることができる」
2つ目の製品は、iPhoneを監視カメラ化できる無料アプリ「あんしん監視カメラ」だ。iPhoneカメラがとらえた映像をWebブラウザから確認できるアプリで、外出先から室内のペットの様子をチェックするといった用途に使える。専用デバイスの購入や煩雑なネットワーク設定もなく、機種変更で余ったiPhoneやiPadを監視カメラにできるのだ。
これまでさまざまなネットサービスを世に送り出し、ネット企業の代表も務めている伊藤さん。“メイカームーブメント”への期待が高まっていることを報道などで知りつつも、当初は「普通の人が回路を設計してサーバとPCやタブレットをつないで……というのは無理だろうと思っていた」という。
考えが変わったきっかけは、無料のプログラミング学習サイト「ドットインストール」で公開されていたArduino(アルディーノ)入門の動画講座を見たことだ。Arduinoは、電子工作やプログラミングの初心者でもインタラクティブなデバイスを開発できるよう開発された、マイコンボードと統合開発環境のセット。ドットインストールの講座の映像を見て、「意外にできそうだと感じた」という。
高校時代、電子工作に熱中していたころ使っていた半田ごてを20数年ぶりに取り出し、秋葉原のパーツ店に行って部品を買い、ハードウェアにチャレンジした。発光ダイオード(LED)を光らせたり、温度センサーからデータを取り出したり……「全然動かないところからスタートした」が、チュートリアル通りにやっていくうちに、形になってきたという。
「今のハード開発はもしかしたら、Webサービス開発よりも入門しやすいかもしれない」。自らハードを作ってみてそう感じたという。
Webサービス開発は年々、複雑化している。1990年代後半のWeb黎明期は、HTMLとCGIプログラムをコピー&ペーストして少し改造するだけで新しいサイトやサービスを作る人も多かったが、2013年の今、新サービスを作ろうとすると、HTMLやCSSの知識はもちろん、JavaScriptなどスクリプト言語やPHPなどの開発言語、ソーシャルメディアのAPI活用など、学ぶべきことの質量が極めて多い。
一方でハードウェア開発は、Arudinoなどのオープンソースハードや、開発キットの普及で、入門しやすくなっている。オープンソースハードのプログラミングは「頑張れば小学生でもできる」レベル。80年代のマイコン少年が熱中していたBASICのような感覚だという。
ハードウェアならではの困難も多い。キーボードを叩くだけて作れるWebサービスと違い、ハードウェア作りは「熱いし、やけどするし、痛いし壊れるしケガもする」。だが「そこに面白さがある」とも感じている。
部品の調達も大変だ。1つだけ必要な部品も100個ロットでしか買えなかったり、調達した部品が合わず、買い直しになったり……。部品はネット通販や東京・秋葉原のパーツ店で手に入れているが、「アキバは電子部品の店が少なくなっているし、店が閉まる時間が早い」と伊藤さんは嘆く。
メーカーと素人との差が歴然としているのも、Webサービスと違う点だ。故障しないハードを作るのは、素人には難しい。「自分で作ってみて改めて、メーカーはすごいと感じた。ネットサービスと違い、ハードは100年やってもプロに勝てそうにない」
ハード開発があまりに「モテない」ことにも驚いたという。
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