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「見たことのない視点を求めて」 ドローン一発撮りを支えた“エンジニア魂” 「OK Go」MVの裏側に迫る

» 2015年03月12日 11時00分 公開
[山崎春奈,ITmedia]

 ドローンで一発撮りした新鮮な視点の映像と緻密な構成が大きな話題を集めた米ロックバンド「OK Go」の「I Won't Let You Down」のミュージックビデオ(MV)。昨年10月の公開から現在までに2,000万回近い再生回数を集めている。Hondaのパーソナルモビリティ「UNI-CUB」を起用した理由、ダイナミックなドローン撮影の苦労など、クリエイティブディレクターの原野守弘さんに撮影の裏側を聞いた。

 OK GoはこれまでもGoogleやSamsungなどとコラボしてMVを制作してきており、共同で作品を作り上げるパートナーという意味を込めてスポンサーをコラボレーターと呼んでいる。今回コラボレーターとしてタッグを組むことになったのは、Honda、そして研究開発中のパーソナルモビリティ「UNI-CUB」だ。

――今回のMVはコンセプトと使いたいテクノロジー、どちらが先にあったのでしょうか。

photo 「ITmedia ニュース読者感謝祭」でインタビューを実施。会場には「UNI-CUB」の実機が

 僕は元々本田技研工業の広告制作に関わってきて、「UNI-CUB」自体も2009年頃のプロトタイプ時点から見ていました。とはいえまだ商品ではないので、広告として取り上げるチャンスはない。Hondaのエンジニア魂や熱意が詰まった未来のための製品でいつか何かできれば――とは思っていました。今回コラボレーターを提案する上で、OK Go自身のものづくりへのスタンスを考えてもぴったりだなと。

 2000人以上のダンサーを起用し、CGは一切なしで最初から最後までワンカット(一発撮り)。「最新デジタル技術に支えられたアナログ的表現」はコンセプトの1つとして意識していました。逆に後半では1人1人の動きが重なることでドット絵や電光掲示板のような見せ方をしていますが、これは「アナログな技術でデジタル技術を表現」しています。だから、ここは解像度をあえて高めず、ファミリーコンピュータやゲームボーイの8ビットの画面を連想する粗さに仕上げています。アナログだけどデジタル、デジタルだけどアナログ、という入れ子構造です。

photo 1人1人の傘で絵や文字を描く
photo 特設サイトには自由に動きを作れるビジュアライザーも

 OK GoはYouTubeスタート以前からMVをファイル交換ソフトで拡散してきたように、インターネットをアートの器として捉えた初めてのミュージシャンだと思っています。当然メンバー自身もデジタルカルチャーへのリスペクトや思い入れがあるので、彼ら“らしさ”を考えてこんな表現になりました。余談ですが、メンバーの1人、アンディ・ロスは“オタク”のエンジニアで、自分自身でゲーム会社を経営してるんですよね。撮影中も時間があればコードを書いていました。

――テクノロジーの面で言えば、誰もが気になるのがドローンのダイナミックな使い方だと思います。

 撮影だけでなく、ドローンの利用自体はとっくにブームは来ていて、米国ではむしろ流行りすぎて社会問題化しているほど。単に「ドローンで撮った」というだけではアピールにはならないので、見たことのない映像を撮るにはどうしたらいいか試行錯誤しました。縦横無尽に動き回るために、技術的にかなり高度な挑戦をしています。市販のドローンを買っても同じことは絶対に真似できません。何しろ僕らには今回心強い味方「ドローンおじさん」がいまして……。

――ド、ドローンおじさん?

 撮影部の技術屋さんの1人で、特別ドローンの専門家なわけじゃないんですよ。とにかくエンジニア魂が強くて何でもやっちゃう。彼がいなければ、このビデオは実現しなかった。

 今回のオーダーは、室内から撮影が始まって屋外へ、一度空中に上がってからまた降りてきて、最後は高く上空へ――という相当無茶なお願いでした。でも、彼は120%応えてくれたと思います。ドローンそのものは、元にした機材はありつつも、今回の撮影プランに合わせて大きく改造を加えています。

 こだわったのは最後に上がる高さです。撮影場所の近くにあった湖をどうしてもフレームインさせたかったんですが、そのためには700メートルくらいの高さに到達することが必要でした。……普通ドローンが飛べる高さは、風の影響やバッテリーの限界などがあって、せいぜい数十メートルくらいですから。最終的に雲の流れ方も含めて奇跡的なカットが撮れたのでよかったです。

photo 上空700メートルは雲を突き抜ける高さ

 撮影で一番苦労したのは、風を読むこと。屋外での撮影ということで、ドローンが風にあおられてしまっては意図した映像にならないし、途中で撮影を中止しないといけない場合もある。今回のMVは約5分間のワンカット映像ですが、音楽を半分の速度にして撮影しているので撮影時間は約10分。最後にドローンが上空に昇って、降りてくるまでにさらに2〜3分かかるので正味13分――この13分間、風が吹かない時間を見極めるのが一番の難題でした。そしてここでも彼の大活躍が(笑)。

――ドローンだけじゃなく、「気象おじさん」でもあるんですか?

 根っからのプロなんでしょうね。自分たちがつくったマシンだからこそ、その性能と限界を熟知している。その中で最高の結果を目指してくれるわけです。そのためには気象判断が最重要マター。棒の先に布を付けた吹き流しを使って風速を確かめたり、専門的な気象情報をもとに、いまから10分強の撮影が可能かどうかを判断する。僕らはひたすら待つしかないんです。彼のゴーサインがないと始められないから。OK Goのメンバーも「ほら今! 大丈夫じゃない? 風止んでるよね?」とちょこちょこアピールするんですが「いや、あの雲が怪しい」とか言って一刀両断にされたり(笑)。

 彼らの技術があまりにもすごいと思ったので、名前や会社名をクレジットに入れたかったんですが、「むしろ出さないでほしい」と断られました。「俺は別にドローンの専門家じゃない、こういう仕事ばっかり来ちゃうと困る」って理由で……。かっこいいですよね。だから、誰が作ったかは、秘密なんです。

――OK Goの作品としては米国外で初めて撮影したものとのことですが、反響を見ていて特徴はありますか。

 OK GoのMVの中では「史上最速のバイラル」と聞いています。一般的に、YouTubeやTwitterのバズは、米英を中心とした英語圏からスペイン語、ポルトガル語、仏独などヨーロッパの言語を経由して、日中韓のアジア諸国に広がるケースが多いです。今回の作品は日本で撮影したということ、Perfumeの特別出演が話題になったこともあって、日米で同時にバズが立ち上がったのが大きかったと思います。日本はYouTubeのユーザー数のトップ2なので、母数が大きい。

 インターネットは国境をなくした代わりに「言語の壁」を作ったんですよね。世界にリーチするコンテンツ――と一口に言いますが、こういう風にはっきりと言語の壁を意識して仕掛けられたのは面白い経験でした。

――最後に、原野さんが個人的に気になっている作品や技術があれば教えてください。

 何がどこで役に立つかって結構分からないなと思っていて、いろんなメディアから日々情報収集するのは大事だなと改めて思っています。

 最近これは! と思ったのは、太陽光を完全に再現するライト「CoeLux」。天窓の中に取り付けると太陽の光が差し込んでいるようになるんですよ。建築やインテリアの常識が覆る発明です。考えようによっては、「火を操る」に近い革新。僕自身がそれを何に使いたい、ということが明確にあるわけではないですが「こういうものが世の中にあるんだ」とか「そういう視点があったか」ということを知っているかどうかで違いますよね。

 映像作品の歴史は長いので、大抵のことはやり尽くされているのですが、それでも人々は「見たことのないもの」を求めます。その期待に応える1つはアイデア、もう1つはテクノロジー。新しい技術が、映像制作の「プロセス」を変えることで、「見たことのない結果」が生み出すことができます。また、そもそも「映画」そのものも技術に支えられた芸術ですし、テレビ、ビデオ、コンピューターと、技術革新がエンターテイメントに新しい舞台やチャンスをつくってきたとも言えますね。

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