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脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中はどうなっていたのか MRI画像をもとにVR映像を作成 脳内散歩してきた太田智美がなんかやる

» 2016年12月09日 17時58分 公開
[太田智美ITmedia]

 2014年8月、元マイクロソフト(現・日本マイクロソフト)社長であり、現在慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授の古川享(Sam)さんがアテローム血栓性脳梗塞を発症し左半身不随となった出来事を覚えているだろうか。当時、その衝撃に業界は騒然とした。



脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中

 筆者はその2〜3週間前、シアトルにあるSamさんのゲストルームに居候させてもらっていて、取材先のアポイントメントやその往復の車の運転、ディナーに手作りの朝食、帰りの飛行機の見送りまで、お父さんのように面倒を見てもらった。途中、ゲストルームのトイレを詰まらせて部屋中びしゃびしゃにしてしまい、その掃除をしてくれたのもSamさん。病気の一報を耳にしたとき、それが原因で病気になってしまったのではないかと、いてもたってもいられなかったことを覚えている。


脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 初のシアトルに飛び回る筆者(撮影:Samさん)

脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 お肉を切り分けているSamさん

脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 (左)大好物のビール(とチェイサー)をバケツいっぱいに、(右)取材に行くときもSamハイヤーで

脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 (左)朝食を作るSamさん、(右)サーモンチーズベーグルの朝ごはん(シェフ:Sam)

脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 空港まで運転して見送ってくれたSamさん。これを最後にあの連絡を受けることになる

 Samさんと私は、私が大学院時代の先生と生徒という関係。在学中はSamさんの授業を受けていたわけだが、その情報量の多さに目を回し、共通言語もほとんどなくただただポカンとみているだけだった。授業のあとの懇親会に連れて行かれる学生もいたが、もちろんそのメンバーに私は入っていない。正確には「誰でも参加できた」のだが、何の情報も共通言語も持っていない自分はそこへ入っていくことができなかったのだと思う。

 そんなSamさんと日本語を交わせるようになったのは社会人になってから。Samさんは元アスキーで働いていたこともあり、アイティメディアで書く私の記事にしばしば目を通してくれていた。そのうち、これはというイベントがあると声を掛けてもらうようになり、相変わらずとてつもない情報量の多さに目を回しながらも、「くそう」と噛みつきながら徐々にわずかな会話ならできるようになっていった。Samさんが脳梗塞で倒れたのは、そんな矢先のことだった。




 ――それから1年半、Samさんは生還した。当時は「左半身不随」という報告があったが、きついリハビリを繰り返し、今では杖をつきながらもおいしいものやおもしろいことがあるところにのっしのっしと現れる。あのマシンガントークも、もちろん健在だ。




 それからまた、1年が経った。Samさんの身体を話題にする人は、グンと減った。一方で、脳梗塞で倒れた当時のMRI画像をVR映像にし、その中を散歩しようと企画する人が現れた。医療画像データを活用したVR事業を行う会社HoloEyesの代表取締役谷口直嗣さんと取締役杉本真樹さんだ。データ提供はもちろんSamさん。

 提供された実際のMRIデータを元に、VR映像を作り、そこを散歩しようという。聞けば、CTやMRI、CRなどで撮影した医用画像のフォーマットは「DICOM」(ダイコム)と呼ばれ、一般の画像ビューアでは読み込むことができないらしい。それを、「OsiriX」(オザイリクス)と呼ばれるDICOMビューアに入れて表示させ、血液情報から血管の状態を抜き出して新たな3Dポリゴンデータを書き出すとのことだ。


脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 OsiriX

 OsiriXは、2D、3D、4Dビューアをはじめとする多次元画像の表示に用いられているオープンソースプロジェクト。ビューアだけでなく、血管とそうでない部分の境界などをある程度自動で切り出してくれる機能などが備わっている(Photoshopの「なげなわツール」のような機能をイメージすると分かりやすいようだ)が、より正確に抜き出すためには医者の判断が必要になるという。


脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 OsiriX(2D)で見たSamさんのMRI画像(画像提供:Samさん)

脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 OsiriX(2D)で見たSamさんのMRI画像(画像提供:Samさん)

脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 OsiriX(2D)で見たSamさんのMRI画像(画像提供:Samさん)

脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 OsiriX(2D)で見たSamさんのMRI画像(画像提供:Samさん)

脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 OsiriX(2D)で見たSamさんのMRI画像(画像提供:Samさん)

脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 OsiriX(2D)で見たSamさんのMRI画像(画像提供:Samさん)

脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 OsiriX(2D)で見たSamさんのMRI画像(画像提供:Samさん)

脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 OsiriX(2D)で見たSamさんのMRI画像(画像提供:Samさん)

脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 OsiriX(2D)で見たSamさんのMRI画像(画像提供:Samさん)

OsiriX(3D)で見たSamさんのMRI画像(画像提供:杉本真樹さん)

 これを、Unityで作ったアプリでVRにし、当時の脳内を再現。HMDとViveコントローラを用いて、血管の詰まったSamさんの脳内に入ってみてみようというのだ。

 まずは本人が、当時の自分の脳内に入る。途切れている部分の先にある中の凹みが、血管の詰まっている部分だそうだ。「ここを、ゴシゴシしたくなるね」――Samさんは言う。



 これは自分も入らねば。目の部分から「おじゃましま〜す」と中に入ると、太く赤い血管がはびこっていた。その中に、ギザギザした、途切れた部分がある。これが血栓だ。



 人の脳みその中に入るというのはこれまでしたことのない経験で、「土足で人の脳内に入る……」という表現が正しいのかなんなのかよく分からない。とにかくなんだか変な気持ちだ。つま先立ちでそぉーっと歩きたくなる、そんな景色がHMDの中に広がっているが、またとないチャンスなのでここはぴょんぴょんと飛び跳ねドンドンと暴れておいた。



 まじめな話をすると、VRで血栓を見たとき、自分が治せるような気がした。例えばバーチャルで絵を描くように、赤いインクを選択してつなげてやれば治るような気がした。今は空想でしかないが、もしかしたら将来の医療はVRでインクを付けゴシゴシすると、詰まった血管が治る、そんな未来が来るかもしれないと本気で思った。


脳梗塞で倒れた古川享さんの頭の中 MRIデータというのは誰でももらえるもので、医師を含めそのことを知らない人が多いという

 「これはもう、タイムマシーンだね」――Samさんは言う。過去の自分の脳内に入ることは、まさにタイムマシーンとどこでもドアを掛け合わせたようなものだ。

 それにしても、自分のMRIデータを公開し、実験台としてやってみようというSamさんは変な人である。実際、この記事を書くにあたって脳内画像をお願いすると、「今晩スクショしてあげるよ、by 踏み台サム!」と返事がきて、朝の5時45分に送ってきてくれた。そんなことより、身体を休めてほしい。


 ――学生時代、踏み台を踏めなかった私は、社会人になって、踏み台の上でぴょんぴょんと小刻みにジャンプをしている。いつかぴょんと飛べたら、馬跳びのように、次は私が身体を丸める番だ。そんな日がくるまで、もう少しだけこの広い背中の上で跳ねていたい。

 Samさんはなぜここにいて、どうしてこんなことをしているのか。その答えは、TEDxSapporoの中にある。

太田智美



 おかえりなさい!

筆者プロフィール

プロフール画像

 小学3年生より国立音楽大学附属小学校に編入。小・中・高とピアノを専攻し、大学では音楽学と音楽教育(教員免許取得)を専攻し卒業。その後、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科に入学。人と人とのコミュニケーションで発生するイベントに対して偶然性の音楽を生成するアルゴリズム「おところりん」を生み出し修了した。

 大学院を修了後、2011年にアイティメディアに入社。営業配属を経て、2012年より@IT統括部に所属し、技術者コミュニティ支援やイベント運営・記事執筆などに携わり、2014年4月から2016年3月までねとらぼ編集部に所属。2016年4月よりITmedia ニュースに配属。プライベートでは2014年11月から、ロボット「Pepper」と生活を共にし、ロボットパートナーとして活動している。2016年4月21日にヒトとロボットの音楽ユニット「mirai capsule」を結成。

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