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自宅で始まった学生の趣味が“巨大プロジェクト”に――NTTドコモの「浮遊球体ドローンディスプレイ」開発秘話

» 2017年07月14日 11時57分 公開
[太田智美ITmedia]

 「思い付いたのは入社前。2011年ごろのことでした。趣味でパーツをちょこちょこ買っては、自宅で作っていたんです。時には、海外からパーツを輸入したりして。そのときは、これが仕事になるなんて思いもしなかった」――そう語るのは、浮遊球体ドローンディスプレイの開発者、NTTドコモ 先進技術研究所の山田渉さんだ。

 浮遊球体ドローンディスプレイは、2017年4月にNTTドコモが発表した飛行型球体ディスプレイ。ドローンの周囲をLED付きフレームで覆い、そのフレームを空中で高速回転させると、光の残像によって文字や絵が映し出されるという仕組みだ。発表するやいなや大きな話題となり、発表直後に開催されたイベント「ニコニコ超会議2017」にも展示された。

 NTTドコモの一大プロジェクトかと思いきや、実は1人の学生が趣味として自宅で始めたものだった。どのようにして、大企業を巻き込むプロジェクトになったのか。

個人の限界と、飲み会での出会い

 「浮遊球体ドローンディスプレイはもともと、映像表示部分と飛行部分を別々に作っていました。これを合わせて完成させるためには、費用も設備もそろえないといけない。さらに、材料の選別から構造力学や航空力学まで、全ての知識と技術力がなくてはならない。そう考えたとき、自分一人でやることに限界を感じました」


浮遊球体ドローンディスプレイ 浮遊球体ドローンディスプレイ(空中を飛んでいる様子)

 山田さんはとある会社の飲み会で、偶然近くに座った他部署の人に、作りかけの浮遊球体ドローンディスプレイを見せたという。「面白いね」――評価は上々だった。

 こうして山田さんは仲間を増やし、会社に提案。学生時代に個人で作っていたプロダクトが、NTTドコモ入社後、会社としてのプロジェクトに変化した。


浮遊球体ドローンディスプレイ 自宅で趣味として作っていたころの浮遊球体ドローンディスプレイ。このときはまだ、映像表示部分と飛行部分が合体していない

 「技術的な難易度は、時間をかければ何とかなる気がしていました。でも、それでは誰かに先を越されてしまう。それに、完成したとしても、実用化や継続的にやり続けることは難しい。だから会社に提案しました」

特許は会社として取得 “自分が作った証”なくなる不安は?

 ところで、筆者にはある疑問があった。「個人のプロジェクトを会社に提案する」ということは、所有が「個人」から「会社」に移るということでもある。ある意味、長い間個人で研究してきたものを手放すということだ。不安はなかったのか。

 「正直、少し不安はありました。ただ、個人で特許を取ろうとすると、お金もかかる。それに、結局特許で得られるのはお金なんですよね。でも、お金にはそんなに興味がなかった。それよりも、技術が世の中に早く出てくれる方が、個人的にはうれしかったので割り切っていました。会社は自分がやったという証が残るよう、配慮もしてくれた。ならば会社に帰属させようと思いました。特許だけでなく、パートナーと組むことや論文を出すことを考えても、個人より会社の方が良かったんです」


浮遊球体ドローンディスプレイ 浮遊球体ドローンディスプレイを開発した、NTTドコモ 先進技術研究所 山田渉さん

NTTドコモが目をつけた理由

 このプロジェクトでもう1つ面白いと思うのは、もともと学生だったいち個人が始めたプロジェクトを、NTTドコモが受け入れたということだ。NTTドコモはなぜ、これに取り組む必要があったのか。そのヒントは、17年4月にNTTドコモが公開した「中期戦略2020『beyond宣言』」にある。

 現在NTTドコモは、携帯電話に続く新たなデバイスと、その情報配信のプラットフォームの構築を目指している。これまで、「コミュニケーションデバイス」といえば携帯電話が主流だったが、それに続く候補として注目している1つが「ドローン」なのだ。

 NTTドコモはこの浮遊球体ドローンディスプレイを18年度に商用化したいとしており、B to Bビジネスとして広告表示やイベント演出などに使う計画だという。

 「例えば、デバイス同士をネットワークでつないで群制御をしたり、キャラクターに見立てて浮かせたりといった演出を考えています。武道館などの大きなコンサート会場とかで実現するといいなぁ。あと、これならドローンで宅配しながら広告表示もできる。30台飛ばしたら30個の広告枠ができる。ショッピングモールとかにふよふよ浮いていて案内をするとか、災害時の避難所誘導なんかにも使えたらと考えています」

これまでの空中ディスプレイとの違い

 そもそも、この空中に映像を表示する技術は、レーザーや原子制御を用いて数多く研究・開発されている。しかし、それらには「箱の中や近距離でしか表示できない」「密室空間だと危ない」など、さまざまな制約があった。AR(Augmented Reality)やVR(Virtual Reality)も同じで、「ディスプレイをかざさなければ見られない」「メガネがないと見られない」といったまどろっこしさがあるという。

 「『もっと直接的に、自由に、空間で映像表示したい』と考えたのが、浮遊球体ドローンディスプレイです。例えば、日本科学未来館で昔見たジオコスモスとか、いろいろなものに影響を受けています。ジオコスモスを見て、やっぱり、『空中を飛び回らないかなー』なんて思っていました。そんなところに発想の原点があります」。


浮遊球体ドローンディスプレイ これのすごいところは、「風が通る」こと。例えば、ジオコスモスの中にドローンを入れても、風が通らないためドローンは飛ばない。今回、残像ディスプレイなので止めているときは棒の状態だからこそ風が通る。単純に、ドローンにディスプレイを付けても飛ばないのだ。一方、ドローン部分を外に出して飛ばすという手もあるが、外にドローンが見えているという状態は美しくない。また、ドローンの羽が人に当たってしまう危険性も考えられるため、ディスプレイを中に収めたかったと言う。今後は「人の顔を映したら誰か分かるくらいの高解像度版」を目指す

 山田さんは言う――「大学院の先生がよく、『サイエンスフィクションをサイエンスにしたい』と言っていた。自分もそう思う。SF映画『ブレードランナー』は、空中に映像が表示される――そんな世界を現実のものにしたい」。

太田智美

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