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» 2017年09月05日 07時00分 公開

ITは、いま:「Flash」終了、何を思う? あるゲームクリエイターの視点 (2/3)

[片渕陽平,ITmedia]

「コンプレックスがあった」

 TANAKA Uさんにはコンプレックスがあった。絵を描くのが苦手だった。それでも「俺が描いた絵を見てほしい」。相反する思いがあった。

 Flashはそんなコンプレックスを除いてくれた。Flashではキャラクターの絵を1枚描き、手や足、首などのパーツごとに分割して動かせる。同じキャラの絵を複数枚描くと“別人”になってしまったが、1枚だけ、しかも動きを付けると「かわいく見えた」。

photo 手や足、首などのパーツごとに分割して動かせる(TANAKA Uさんの「FLASHミニ講座」より)

 09年に公開した「マテリアルスナイパー」(マテスナ)のヒロイン、スナ子はこうして生まれた。1枚のイラストを必死に描けば永久に使い回せると分かり、「Flash、最高」と思えた。マテスナを遊ぶユーザーは、1時間、5時間、10時間……と、スナ子と時間を共にする。BBSでは「スナ子かわいい」と評判だった。

photo マテリアルスナイパー。「人間以外を撃つ」というテーマのもとに制作した、的や爆弾を狙い撃つガンシューティング。画面左下のキャラクターが「スナ子」

 ただ、マテスナは「ステージ3.5」から先は未実装。完結しなかった。

 TANAKA Uさんには、作りかけの作品が多い。ゲームの中核となる部分(ルール、操作など)が「面白い」と思えるまでは妥協しない。しかし面白さに確信が得られると、残るのは大量の素材を用意する“肉付け”の作業だけ。そこで立ち止まり、満足してしまう。

 Flashゲームは、衝動が噴出したときに作るものだった。衝動の初速が保たれている間は快感が続く。中核が完成すると満たされる。そんな存在でもあった。

「バブルが来た」

 マテスナを制作していた09年ごろ、勤めていたバンダイナムコエンターテインメント(06年入社)を辞めた。03年に開設した自分のサイトは、気付けば累計約2億PVに達していた。鬱気味だったこともあり、フリーランスのゲームクリエイターになると決意した。根拠なき自信が後押しした。

photo TANAKA Uさんのサイト「ネクストフレーム

 転身直後はブラウザゲームを制作していたが、間もなく「ソーシャルゲーム」(ソシャゲ)ブームが到来した。グリー、モバゲータウン(現Mobage)が台頭し、ソシャゲ制作の仕事が続々と舞い込んできた。

 当時のそうしたソシャゲは、「Flash Lite 1.1」という携帯電話向けのFlash Playerで動くように作られていた。Flash Lite 1.1は、1998年リリースのFlash 4と同等の仕様で、当時からしても「ほぼ化石といっていいほど」の技術だった。

 ガラケー自体の制約も大きく、「容量が100キロバイトまで」「描画が極めて低速」「使えるスクリプトが少ない」など、できることが限られていた。技術が“逆戻り”する中で対応できるクリエイターは少なかった。TANAKA Uさんが学生時代から積み重ねた、Flashゲーム制作の知識が生きた。

 「ソシャゲ祭りだ。バブルが来た」。グリーやモバゲータウンのヒットを受け、異業種さえ、次々にソシャゲ事業に参入する事態で、TANAKA Uさんの仕事は「無限にあった」。過労のため、その後約1年間、また鬱状態になるほどだった。

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