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» 2018年03月30日 09時00分 公開

“日本が知らない”海外のIT:「薬より食べ物」の東南アジア 苦戦する医薬品業界、スマホアプリ活用へ

医薬品小売ネットワークが断絶している東南アジア。シンガポールに拠点を置く「mClinica」はスマートフォンアプリで収集した薬の販売データを政府や製薬会社に提供することで、市民の健康を守ろうとしている。

[行武温,ITmedia]

 近年、テクノロジー業界では東南アジアに注目が集まっている。昨年末に発表されたレポートの中で、Googleは東南アジアのインターネット市場が2025年までに200億ドルにまで達すると予測した。

 6億人超の巨大市場を有する同地域の一部では、ネットの普及率が80%を超えるところもあり、これは日本とほぼ変わらない水準だ。しかし先進国と異なり、東南アジアの消費者はPCベースのネット時代を経験していない層が多く、モバイル端末がネット世界への主な窓口となっている。そのため、例えばモバイルペイメント業界を見てみると、中国ではもはやインフラと化したWeChat PayとAlipayが、現在同地域で熾烈な戦いを繰り広げている。

 そしてこの環境の特性を生かし、モバイルアプリで東南アジアの医薬品業界を変えようとしているのが、シンガポールに拠点を置く「mClinica」だ。

連載:“日本が知らない”海外のIT

日本にまだ上陸していない、IT関連サービス・製品を紹介する連載。国外を拠点に活動するライター陣が、日本にいるだけでは気付かない海外のIT事情をお届けする。


断絶された医薬品小売ネットワークがもたらすリスク

 これまで東南アジア各国は、市民の健康状態を理解するきっかけとなる薬の販売データの収集に苦戦してきた。

 というのも、例えば人口世界第4位のインドネシアでは、チェーンのドラッグストアが立ち並ぶ日本や欧米とは違い、個人商店型の薬局が全体の約97%を占めている。他の国に関しても、チェーン店が存在するのは主要都市部だけで、郊外に住む人々は個人商店に頼らざるを得ないというのが現状だ。

 どのような薬が販売されているかというデータは店単位でしか把握できておらず、政府やNGOが何らかの施策を打ち出そうとしても現状把握が困難で、製薬会社もビジネス拡大に向けたプランを立てづらいままでいる。

医療

 また、データは問題発見のスタート地点でもある。mClinicaがフィリピンでのパイロットプログラム中に行った調査では、21錠の抗生剤を処方された患者のうち、半数が実際には1〜6錠しか薬を購入していないことが分かった。さらに処方通り(もしくはそれ以上)の量を購入した人の割合となると、その数はわずか1%に留まる。

 その背景には、「薬よりも食べ物」という消費者の可処分所得の低さが関係しているようだ。

医療 21錠の抗生剤を処方された患者が実際に購入した錠数とその割合(mClinicaより)

 処方量に満たない薬品を摂取していると、効用が十分に発揮されないだけでなく、病原体に耐性が備わってしまい、大規模な健康被害につながるリスクがある。しかし、小売データがないとこのような状況も把握することはできない。

モバイル端末で新たなネットワークを構築

 そこでmClinicaが着目したのが、同地域のモバイル普及率だった。もともとジョンソン・エンド・ジョンソンやファイザー、ロシュグループなどの大手製薬会社で新興国の流通業務に携わっていたファロック・メラリ氏(Farouk Meralli)がmClinicaを設立したのは2012年のこと。

 彼は製薬会社に勤務していた頃から新興市場の問題点を把握しており、モバイルアプリ経由で処方データや薬の販売データを収集すれば、市民の健康状態を向上させられるのではないかと考えたのだ。

 しかし意外なことに、mClinicaは消費者向けのアプリケーションは開発していない。同社のプロダクトは、薬剤師向けに開発された「SwipeRX」、政府・NGO向けの「SnapRX」、そして製薬会社向けの「Connect」の3つ。

医療 mClinicaより)

 各アプリは実際には次のようなフローで利用される。

 まず患者は、薬を購入するときに薬局の店頭で自分の電話番号を登録。するとその人がmClinicaのプラットフォーム上に登録され、ネットワークに参加している国内の薬局であれば、どこでも割引などの特典を受けられるようになる。

 薬局はSwipeRXを使って処方情報をアップロードし、集まったデータは個人情報を取り除いた形で、mClinicaから他の2つのアプリを経由して製薬会社や政府・NGOに提供される。

 なお、患者に対する割引は販売データと引き換えに最終的には製薬会社が負担することになるため、集客を目的に薬局がSwipeRXを利用するインセンティブが生まれる、という設計だ。

大手製薬会社もすでにmClinicaプラットフォームに参加

 先述の通り、金銭的な理由から処方量を守っていない患者が多いため、mClinica経由の割引は現地の人々にとって、金銭面でも健康面でも助けとなる。

 また、製薬会社は販売データからその地域の傾向をつかめるため、これまでよりも効果的な販売戦略をとることができ、政府やNGOも自分たちで別途調査を行わずとも、政策・プログラム策定のベースを築けるなど、社会的な意義も大きい。

 mClinicaの顧客には創業者のメラリ氏が以前勤めていたファイザーやロシェの他にも、米国のメルク・アンド・カンパニー、日本の武田薬品工業や大正製薬など、大手製薬会社が名を連ねている。

 現在フィリピン、カンボジア、マレーシア、インドネシア、ベトナム、タイの6か国に進出している同社。17年2月には、スタートアップへの投資を行う500 Startupsらから630万ドルの資金を調達しており、今後さらなるネットワークの拡大が期待される。

執筆:行武温

編集:岡徳之(Livit


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