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北海道地震、記者が感じた余波 居酒屋の女将「何もないですけど……」現地ルポ

» 2018年09月09日 08時00分 公開
[片渕陽平ITmedia]

 「大変でした。こんなことは初めて」――9月8日の夜、北海道標津町で入った居酒屋の女将さんはそうつぶやく。北海道胆振地方で6日に発生した地震の余波は、300キロ以上離れた標津にも及んでいた。東京〜名古屋間くらいの距離はある。約2日間、停電が続いた店内のいけすに魚の姿はない。

「何もないですけど……」

 記者は、夏季休暇で8日から標津に向かうと決めていた。その矢先、地震が発生した。航空機が平常通り運航するかどうか、直前まで不安なまま8日朝を迎えた。

 羽田空港から根室中標津空港へと向かう航空機の機内はガラガラだった。毎年のようにサケ釣りで北海道を訪れる同行者は「珍しい」と話す。記者が利用した全日本空輸(ANA)の便は1日1往復しかないが、閑古鳥が鳴いていた。

 同行者によると「前日まで電話がつながらなかった」という宿泊先は、幸いなことに明かりが点いていた。宿を予約した同行者は、標津町観光協会のFacebookページを頼りに、ホテルの営業状況を調べていた。宿泊先は7日時点で「電気×/水○/電話×/インターネット×」と記されていた。

 ホテルに向かう途中、コンビニエンスストアにも立ち寄った。北海道を中心に展開するセイコーマートは、おにぎりはあったが、菓子パン、カップラーメンの陳列棚は、がらんどうの状態だった。レジにはSuicaのマークがあり、同行者が電子決済を試そうとしたが、支払いは「現金のみ」と断られた。

photo 標津町のセイコーマートの店内。菓子パン、カップラーメンの陳列棚には、ほとんど商品がなかった=記者撮影

 夕飯を調達しなければならない。すっかり暗くなった町内を歩き、一軒の居酒屋に入った。「何もないですけど……」。入店すると、女将がそう話した。

 北海道内では6日以降、全域で停電が発生した。北海道電力の発表によると、道内の火力発電所が緊急停止したためだ。震源地である胆振地方から大きく離れた標津町もその余波を受けた。就寝中だった女将が感じた揺れは小さいものだったが、起きてトイレに行く頃には家の明かりが消えたという。

 それから7日夜までの約2日間、停電が続いた。明かりがない中、女将はホームセンターに出向いた。普段とは違い、真っ暗な店内を店員が1対1で案内してくれたという。女将は「万引き防止のため、そういう決まりだったのかもしれない」と話す。

 自宅の電話も使えなくなった。女将の親族からは「固定電話は不通だから、携帯電話を使って」と連絡があったという。しかし、やがて携帯電話もつながらなくなった。NTTドコモによれば、停電の影響を受け、道内の基地局は非常用電源に切り替えていたが、基地局のバッテリーの持続時間は最大でも24時間程度という。

 当然だが、店を営業するための食材の提供も途絶えた。2日間、漁港から魚介類の調達はない。停電した店内で冷蔵庫の食材を守るのも必死だった。できる限り、冷蔵庫内に隙間がないように食材を詰めたが、庫内の食材は諦めたと、女将は振り返る。

 「もし冬だったら、羽毛布団に包まっていたと思う」

 そんな状況だが、女将の顔は暗くはない。真っ暗になった標津の夜空を見上げると、「星が降り注ぐようだった」という。なけなしの食材で作ってくれた料理を頬張りながら、記者は無言で女将の話を聞いていた。

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