このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高いAI分野の科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
X: @shiropen2
中国科学技術大学などに所属する研究者らが発表した論文「AI-Enabled Rapid Assembly of Thousands of Defect-Free Neutral Atom Arrays with Constant-time-overhead」は、AIを活用して原子を思い通りの形に配置する新技術を報告した研究である。この技術は、将来の量子コンピュータの基礎となる可能性を示している。
量子コンピュータの実用化に向けては、制御可能な量子ビットの数を増やすことが重要な課題となっている。特に、中性原子を用いた量子コンピュータでは、各原子を正確な位置に配置することが不可欠である。
研究チームは、AIを用いて2024個の原子を精密なグリッドに配置することに成功した。この技術では、これだけの数の原子を、わずか60ミリ秒という短い時間で正確に並べることができる。
従来の技術では、音響光学偏向器という装置を使って原子を1つずつ、または1列ずつ移動させていた。そのため、原子の数が増えれば増えるほど時間がかかってしまう問題があった。また、全ての原子を一度に動かそうとした方法もあったが、原子が失われやすく計算速度も遅かったため、数十個程度の原子しか扱えなかった。
新しい技術のポイントは、「光ピンセット」と呼ばれる光で原子を捕まえる装置と、空間光変調器(SLM)、そしてAIを組み合わせた点にある。まず、ランダムに捕まえた原子を目的の位置まで動かすための最適な経路を特殊な計算方法で求める。
次に、計算した経路を約20の小さな段階に分割する。これは、原子を一度に大きく動かすと失われてしまう可能性があるためである。各段階では、AIが原子を動かすための光のパターン(ホログラム)を生成する。このAIは、原子の位置を20nm(1nm=10億分の1m)という高い精度で制御できる。
研究チームは、この技術を使って45×45の2次元グリッドに2024個の原子を配置することに成功した。これは現在知られている中で最大の欠陥のない原子の配列である。研究結果によると、この手法での処理時間は1000から1万原子の範囲で一定(約60ミリ秒)を維持することを示している。
さらに、3層からなる立方体構造や「USTC」という文字を形作る2次元パターンなど、複雑な形も実現した。配置の精度も非常に高く、1回の操作で99.0%、2回の操作で99.6%という高い成功率を達成している。
Source and Image Credits: Lin, Rui, et al. “AI-Enabled Rapid Assembly of Thousands of Defect-Free Neutral Atom Arrays with Constant-time-overhead.” arXiv preprint arXiv:2412.14647(2024).
10の25乗年かかる計算を5分未満で Google、新量子チップ「Willow」発表 量子エラー訂正で「閾値以下」達成
「光通信」と「量子通信」の同時伝送に成功、世界初 インターネットを邪魔せず同じケーブル内で量子テレポーテーション
「量子もつれ」で重力をこれまでにない高精度で測定 新型原子重力計をドイツチームが開発 重力波検出への応用も
産総研の最新AIスパコン「ABCI 3.0」、一般提供スタート 国内トップクラスの性能で生成AI開発を支援
“炭素でできた磁石”、京大チームが合成成功 世界初 レアアース依存脱却&軽量化などに期待Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.