第1の圧力は、エネルギーコストの構造的上昇だ。AIデータセンターの電力消費は、紛争以前からすでに爆発的に増大していた。IEAの予測では、世界のデータセンター電力消費は30年までに現在の約2倍に達する見通しとなる。
シンクタンクの米ブルッキングス研究所が19年以降の電力コスト上昇率を42%と報告しており、これはインフレ率を大幅に上回る数値となっている。さらに米Goldman Sachsは、データセンター電力需要が26〜27年のコアインフレを各0.1ポイントずつ押し上げると予測している。
ここにイラン紛争による追加の衝撃が加わった。例えば日本の電力の30〜40%はLNG火力に依存しているが、そのLNGの備蓄はわずか2〜3週間分にすぎない。JKMの2倍への上昇は、日本国内の電力卸売価格に直接波及する。
米IEEFA(エネルギー経済・金融分析研究所)の試算では、原油97ドル(約1万5520円)前提で、日本の年間の世帯電気料金が1万5000円増加する見通しだ。日本経済新聞は、東京電力と中部電力が4月から調達コスト上昇分を電気料金に転嫁すると報じている。データセンターの電力消費規模を考えれば、この影響はさらに増幅する。
第2の圧力は、世界的なメモリ不足と、それに伴うAIハードウェアとインフラのコスト急騰だ。
台湾のハイテク産業専門の調査会社TrendForceによれば、26年もAIデータセンター向けHBM(高帯域幅メモリ)の需要は、前年比で70%を超える急成長が続くという。同社は、この爆発的な需要増により、26年のDRAM価格は70%超上がると予測している。
実際に、調査会社の韓国Counterpoint Researchによると、DRAM価格は26年第1四半期だけで80〜90%上昇した。また、サーバ用メモリ価格が26年末までに倍増するとも分析している。
こうした状況は、クラウドサービスの料金に波及し始めている。米Dellと中国Lenovoはサーバ価格を15〜25%引き上げ済みであり、仏OVHcloudは4月以降クラウドサービスを値上げする方針を示した。AWS・Azure・GCPは値上げを発表していないが、同じOEMから調達している以上、影響は不可避と見られている。
第3の圧力は、地政学リスクに起因する、中東地域におけるAIインフラの総保有コスト(TCO)の上昇だ。
紛争開始直後の3月1日、AWSのUAE(アラブ首長国連邦)・バーレーンの3施設がドローンによる攻撃を受けた。大規模データセンターに対する史上初の軍事攻撃とみられる。この攻撃により、銀行や決済、配車アプリ、企業向けソフトウェアに影響が及んだ。
イラン国営メディアは、米軍がAWS上で米AnthropicのAI「Claude」などのAIシステムを情報分析に使用しているため、施設は攻撃の正当な標的であると主張した。IRGC(イスラム革命防衛隊)系メディアは米テック企業29施設を含む「標的リスト」を公開している。
AIインフラへの具体的な影響としては、マルチリージョン冗長化の必要性が増えるほか、物理的セキュリティ強化に向けた投資の加速、中東AIハブ(UAEアブダビに建設予定の世界最大級の次世代型AIデータセンター「Stargate UAE」など)への投資の減速が挙げられる。
データセンター開発企業である英Pure Data Centres Groupのゲイリー・ウォイタシェクCEOは、米CNBCの取材に対し「先週まで中東での開発を『素晴らしい』と思っていたが、今は減速を検討している」と答えている。
紛争開始以前、データセンター企業はサーバ価格や電力の費用を中心に考えていれば良かった。しかし今や、多様かつ膨大な額になり得る地政学的コストも考えなければならない。このことが必然的に、中東地域におけるAIインフラのTCOを急上昇させている。
AIの利用コストが上がったとしても、それを補えるほどの投資ができれば問題はない。しかし中東での紛争は、当然ながら、企業が使える予算の額にも悪影響を及ぼすと予測されている。それは、AI投資が縮小する可能性を意味する。
実際、複数の主要機関が世界経済の見通しを相次いで下方修正している。OECD(経済協力開発機構)は3月26日、紛争がなければ26年のグローバルGDP成長率を従来予測から約0.3ポイント上方修正できたはずだったが、戦争の影響でその上振れ分が完全に消失したと指摘した。
Goldman Sachsは、原油価格の高騰を受けて米国の景気後退確率を30%に引き上げ、26年第4四半期の米GDP成長率を前年同期比2.1%に下方修正した。米JPMorgan Chaseも、ブレント原油が80ドル(約1万2800円)台を維持した場合、26年上期のグローバルGDP成長率が年率0.6%下がると試算している。
こうしたマクロ環境の悪化は、AI投資にどのような影響を及ぼすか。IDCは中東紛争の影響を定量的に分析しており、26年のグローバルIT支出成長率を開戦前の9.7%から8.8%へ、米国に限ると12.4%から11.4%へ下方修正した。戦争が3カ月以上続く場合、原油価格が1バレルあたり100ドル(約1万6000円)超を維持し、IT支出がさらに落ち込むと見込んでいる。
エネルギー専門のニュースサイト「OilPrice.com」の編集者であるマイケル・カーン氏は、これまでの巨額のAI投資は「機能するグローバルサプライチェーン」を前提としたものであり、今回の紛争によってそれが崩れた以上、AI投資ブームが失速し得ると予測している。
また米雑誌「TIME」のテクノロジー系特派員であるアンドリュー・R・チョウ氏も、AIに対する需要そのものは減らないものの、紛争によって短期的にAI投資の減速・選別・先送りの圧力が高まるだろうと解説している。
景気悪化がIT予算全体を圧縮すれば、AIも「聖域」ではいられない。特にROI未達成のまま膨張を続けてきたAIプロジェクトは、真っ先に予算カットの対象となるだろう。
ここまで見てきたように、26年のAI投資には4つの逆風が吹いている。紛争以前からのROI未達成、エネルギーコストの構造的上昇、ハードウェア・インフラのコスト急騰、マクロ経済悪化による予算縮小だ。この複合的ショックに対して、企業はどう動くべきだろうか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.