観客動員が予想を上回って、例えば200万人が足を運んだ場合、興行収入は30億円になる。このうち追加分の15億円については、7割が興行主の取り分になるので、興行主は10.5億円を受け取ることができ、収入は合計で15.5億円になる。スタジオ側は3割の取り分となるので、4.5億円が入ってくるが、MGとして事前に受け取っている10億円があるので合計で14.5億円の収入になる。
一方、予想を下回って、50万人の人しか見に来なかったとする。その際の収入は興行7.5億円だ。その場合でも、スタジオ側は10億円のMGを取っているので、それがそのまま収入として確保されるが、日本の興行主は2.5億円の赤字になる。これがMGの仕組みである。この場合、追加分についての配分(この場合は7対3)がレベニューシェアということになり、基本的にはMGを受け取った側が少なくなることになっている。
今回、NHKがVOD用にコンテンツを提供するに当たっては、このMG設定がなされており、それが理由でNHKのコンテンツを利用しないという事業者もあるようなのだ。もちろん、同じMGと言っても、NHKの場合、ハリウッドのスタジオのような高額のMGを要求してもいないし、想定利用者数を前提とした金額算定がなされているわけでもない。
ただ、事業者にとって、VODサービスはゼロから立ち上げるのに近い状況だ。いくら安くてもMGを払うことは難しい――そう考えるところがあっても不思議ではない。VODサービスの強化を標榜しながらも、全事業者が一斉にNHKのコンテンツを利用しなかったのは、そのためである。
VOD事業者側の言い分を聴いていくと、サービス自体を立ち上げていこうという段階では、MG設定はなしにして、5対5でも、4対6でもかまわないから、レベニューシェア方式を採用してほしいと考えているようだ。レンタルビデオ屋の棚を見ても、それほど多くのNHKコンテンツが並んでいるわけではない。事業としてまだ初期段階にあるVODについては、むしろ新たなコンテンツの出口として考えてもらえれば、レベニューシェアでもいいのではないか、との言い分である。
憶測が憶測を呼ぶこともあって、業界内では、そもそもMGを設定するということは、NHK自体がVODなど現段階ではサービスとして成り立たないと考えているのではないかとまで言われ始めている。
というのも、MGを設定するということは、利用者が多くなった場合、追加分のレベニューは少なくなってしまう。言い換えれば、NHKはそもそも追加分など発生しないと見込んで、MGを設定したのではないかというのである。
もっとも、公共放送であるNHKの立場からして、立ち上がったばかりのVOD市場でMGを設定することにより、自らだけの収入を確保しようと考えた対応をしているとは筆者には思えない。むしろ、NHKはIP系事業者でもVODサービスを利用できるよう、著作権者との間で権利処理を行っており、そのコストがそれなりにかかっていることが大きいと見ている。MGを設定したのは、せめてその分だけでも回収しなければ、という意味合いなのではなかろうか。NHKとしても赤字覚悟でコンテンツ提供をするわけにもいかないし、そのようなことをしたらしたで、色々と非難されることになるからだ。
VODサービスを提供しながらも、NHKのコンテンツを利用しない事業者が見られるのは、こうした事情があるからである。
それと、もう一つ大きな理由があるとすれば、VODサービスには「先行者利得が何もない」ということが挙げられる。それゆえ、視聴習慣もできておらず、市場らしき市場もできていない現段階で、わざわざ赤字を覚悟でリスクを負う必要はないだろうと判断する事業者が多いというのである。先行者利得がない以上、市場が形成されてから参入しても、一向に困らないのだ。
事業者のスタンスも戦略もさまざまだ。日本人にとって、NHKのコンテンツは非常になじみあるものである。最初からそれを有効活用しようと考えるか、まだ時期尚早と考えるか。VOD市場が今後、どのような形で伸びていくのか、NHKのコンテンツの利用のされ方が何らかの答えを出すことになりそうである。
西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、潟IフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。
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