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コラム
» 2006年07月24日 08時55分 公開

金融・経済コラム:IT企業の金融業進出は善か悪か

経済番組コメンテーターであり、M&Aアドバイザリーや財務コンサルティングを手がける保田隆明氏がIT業界を金融・経済面から語る連載コラム。今回はIT企業が新規事業として金融業に進出することをどう評価すべきかがテーマです。

[保田隆明,ITmedia]

「でも、あの企業の収益の大半は金融業でしょ」

「あの会社も金融業に手を染めたか……」


 一度はどこかで聞いたことがあるセリフだと思いますが、なぜか、IT・インターネット系企業が金融業に手を出すと否定的に語られることが多いです。果たして本当に悪いことなのでしょうか?

 IT・インターネット系企業が金融業に進出する場合、既存事業の強みを生かしたパターンと、ほぼ完全に新規事業に取り組むという場合の2つのパターンが存在します。眉をひそめて見られるべきは後者のパターンであり、前者の場合は収益性向上度合いを見極めてプラスのものはプラスと冷静に評価する必要があると思います。

 前回のコラムでは、ベンチャー企業の上場基準に関して触れましたが、無事に企業を成長させて上場を果たした企業に待っている課題は、いかに高収益性、高成長率を維持するかということです。

 したがって、経営者は新たな主力事業を育成し、事業ドメインを拡大するか、または、既存事業で今よりも圧倒的な市場シェアを確立し、とにかく業界でのナンバーワンを目指すかのどちらかの経営戦略を選択します。そして、どちらの戦略の場合でも有効な企業拡大手法としてM&Aに着目する企業経営者は少なくありません。

 後者の場合(業界での市場シェア拡大を目指す場合)は、既存事業を強化するために同業他社を買収することになりますので、水平型M&Aと呼ばれます。シェア拡大によるコスト削減効果と営業力増強を目指すことに反対する経営者、株主はいないでしょうし、M&Aにかけた費用(買収金額や買収の結果発生する追加コスト)に対して、どれぐらいの収益効果が出たかの検証もしやすいタイプです。

 ただし、海外市場への進出の場合は、海外市場固有のリスクが存在しますので、単純な水平型M&Aとは区分けして考える必要があります。海外進出ももちろん重要な戦略でしょうが、その前に国内市場でほかにやるべきことはないのかを検証する必要があると思います。また、今までの日本企業の海外企業買収案件を見てみると、うまくいったケースは多くはありません。

 一方、新規事業に進出するためのM&Aの場合は、主に二通りに分けることができます。1つは垂直型M&Aと呼ばれるもので、例えばプラットフォームを保有する企業がコンテンツ企業を買収するようなタイプです。そして、もう1つは完全に新規事業を開始するために行うケースです。

 IT・インターネット系企業では、多くの場合、上場直後の主力事業は1つしかありません。その主力事業がうまくいっているうちは企業全体としての業績も好調ですが、ひとたび事業環境が悪くなると急に調子がおかしくなり、中にはおかしくなったままずっと低迷している企業もあります。したがって、1つの事業のみを保有するのではなく、2つ、3つと複数の事業を保有し、どれか1つの事業がうまく行かなくなった場合でも、他の事業で会社全体の収益を補えるような状況を作っておくべきということになります。

 つまり、新規事業への進出は、収益性、成長性を模索することになるのと同時に、リスク回避にもつながるわけです。そうして、IT・インターネット企業がM&Aによって多角化経営を目指すことが増えているようです。

 しかし、この多角化経営はバブル期にはもてはやされ、コングロマリットプレミアムまでついていましたが、その後のバブル崩壊後はむしろコングロマリットディスカウントがつくという始末でまったく評価されなくなりました。それは、いろんな事業をくっつけただけの闇雲なコングロマリット経営はうまくいかず、事業間での関係性や補完性がある場合のみ多角化を推進すべきという当然の結論にたどり着きます。

 さて、冒頭のIT・インターネット系企業による金融業進出の是非に戻りますと、ITと金融という明らかな異業種の場合は、その異業種に進出することの是非については大きく議論されます。しかし、一見似たような業界でのM&Aの場合は、「なんとなくシナジーがあるんだろうな」と勝手に決め込んでしまうところがありますので危険です。やはり新規事業進出やM&Aでは、既存事業とのシナジーが存在するかどうか、その分野に進出することが他の分野を強化することよりも理に適っているかが重要となります。

 最近では買収をしてあまり期間が経っていないにもかかわらず、評価損を計上する企業も出てきました。そんな中、IT・インターネット系企業のM&Aも一段落した感もあります。しかし、成長への焦りと、業績低迷への不安、「こんな会社を買収しましょう」と日参する証券会社や銀行の担当者、そして、「一度はM&Aをやってみたいな」という経営陣の思いなどが混在し、IT・インターネット企業でのM&Aは、今後もまだまだ増えていくことが予想されます。それらのM&Aが果たして自社の戦略にどこまで合致するものなのか、経営者、株主などの企業関係者は冷静に判断する必要があると思います。

 いまだに「M&Aを発表すれば株価が上がる」と思っている経営陣もいるようですが、市場は想像以上のスピードで日々発展、進化しています。M&Aの発表だけで市場を愚弄できた時代はもう遠い過去になっているのです。

保田隆明氏のプロフィール

リーマン・ブラザーズ証券、UBS証券にてM&Aアドバイザリー、資金調達案件を担当。2004年春にソーシャルネットワーキングサイト運営会社を起業。同事業譲渡後、ベンチャーキャピタル業に従事。2006年1月よりワクワク経済研究所LLP代表パートナー。現在は、テレビなど各種メディアで株式・経済・金融に関するコメンテーターとして活動。著書:『図解 株式市場とM&A』(翔泳社)、『恋する株式投資入門』(青春出版社)。ブログはhttp://wkwk.tv/chou/


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