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「EMIは打つ手がなかった」――DRMフリー化と「CCCD」という無駄 そして日本は津田大介氏(1/5 ページ)

» 2007年04月09日 10時00分 公開
[津田大介,ITmedia]

 世界4大メジャーレコード会社のひとつである英EMIグループはこのほど、DRMの付かない音楽コンテンツの配信を、世界最大の音楽・動画コンテンツ配信サービスであるAppleの「iTunes Store」上で始めると発表した

 「DRM」とはDigital Rights Managementの略。直訳すれば「デジタル著作権管理」という意味だが、オンラインコンテンツ配信においては「PCを通じたコピー回数などを制限する機能」もしくはシンプルに「コピーガード」と同義で意味で使われることが多い。

 EMIグループはこれまで、4大メジャーの中でもっともオンライン配信に積極的であり、かつ厳しいDRMをコンテンツに課すレコード会社であった。そのEMIが突如「DRMを外す」と宣言したわけである。今回の発表を受けて、今頃世界中のうるさ型の法務部を抱えるレコード会社は大騒ぎしていることだろう。そして、音楽制作の現場でCCCDに振り回された人たちは、心の中でこうツッコミを入れているはずだ。「お前らがそれをいうか!」と。

DRMは音楽業界も「良くない」と思っていた

 インディーズが台頭するようになり、音楽配信といった新しい音楽販売チャンネルが登場した現在においても、音楽業界の頂点にはいまだメジャーレコード会社が君臨している。そんな音楽業界のこの10年を筆者個人が総括すれば、「止まらないCD不況の原因をユーザーのコピーに責任転嫁し、コンテンツホルダー・アーティストとエンドユーザーに本来は存在しなかったはずの大きな溝を作ってしまった」ということになる。

 音楽業界の「現場」で働いていた人は、多かれ少なかれ誰もCCCDの導入やDRMの強化が「良いこと」だとは思っていなかった(ユーザーの違法コピーのせいで音楽業界が不況になり、CCCDを導入すれば売り上げが回復するなんてことを「本気で」信じていたような愚かな人は、恐らく真っ先にリストラの対象にされ、今はレコード会社から去っているはずだ)。ここにこの問題の根深さがある。

CDはなぜ売れなくなったのか

 世界の音楽業界を金額ベースで見ていくと、実は欧米も日本も大体同じような流れになっている。1990年代後半にCD生産金額がピークを迎え、その後は堰(せき)を切ったように売り上げが落ちているのだ。なぜここまで急速に売り上げが落ちていったのか。ひとつだけ断言できることがあるとすれば、それは「複合要因である」ということだ。

 まず初めに考えられる要因は、娯楽の多様化だ。特に音楽CDと同じパッケージコンテンツであり、販売店や価格など、バッティングする要素が多いDVDの普及は顕著だ。日本市場で見ると、1999年の時点でDVDビデオの総売上金額は302億円だったものが、2004年の時点で3197億円と、10倍の規模まで成長している(2006年は3252億円)。日本の音楽CD(オーディオレコード全体)の生産金額は1998年がピークで、6074億円だったものが2006年は3515億円まで下がった。単純に消費者の選択肢が増えたことで、CDを買われなくなりDVDを購入するようになったとするのは乱暴な議論だが、DVDの成長(約3000億円)とCDの落ち込み(約2500億円)はかなり近い金額である。

 娯楽の多様化という意味でいえば、日本においては携帯電話の普及も見逃せない。音楽CDの生産金額が初めて減少に転じた1999年という年は、NTTドコモが「iモード」を始めた年でもある。大ブレイクを果たしたiモードを始めとする携帯電話向けのコンテンツサービスは、その後急速に市場を拡大させ、若者層の携帯電話の月額平均利用料金を全体的に引き上げた。さらに、プレイステーション2(PS2)の普及でゲーム市場が世界規模で成熟したということも見逃せない要素の1つといえるだろう。

 消費者が毎月コンテンツに支払える金額は決まっている。そして、ここ数年消費者の可処分所得が大幅に増えたわけではない。かつて間違いなく音楽は「お金を払って楽しむ娯楽の代表的存在」であったが、今は「お金を払って楽しむ娯楽のOne of them」に過ぎない。DRMの議論をする前にまずこのことを踏まえておく必要があるだろう。

“無限デジタルコピー”可能なCDの受難

 娯楽が多様化し、新たなコンテンツが登場してきたときにポイントとなるのは、そのコンテンツにどういうDRMがかかっているかということである。

 DRMは技術の進歩に伴い、機能が増え、強度が上がっていった。音楽CDにも「SCMS」と呼ばれるDRMが入っているが、これはデジタルコピーを1世代だけに制限する(孫コピーを防ぐ)ものであり、機能も強度も貧弱なものだ。具体的には、CDからデジタルでMDやDATにコピーしたものをほかのMDやDATにデジタルコピーすることができないようにするぐらいしかできない。音楽はミニコンポやラジカセで楽しむということが前提であった90年代にはそのレベルのDRMでも大きな問題はなかったが、パソコンが普及することでその状況は一変した。CD-Rが普及し、パソコンを使った「リッピング」が台頭し始めたのだ。

 CDの売り上げが落ち始めていた時期は、市販のパソコンにCD-Rドライブが標準装備され始めた時期と合致する。また、この時期にパソコンでリッピングしたMP3ファイルを外に持ち出して聴けるMP3プレーヤーも登場している。米国の音楽業界が「Rio」というMP3プレーヤーに対して著作権侵害で訴訟を起こしたのもこの時期だ。

 追い打ちをかけるように1999年に登場したのがファイル交換ソフトの「Napster」だ。ネットに接続しているパソコン同士を接続し、お互いに持っている音楽ファイルをコピーし合うというコンセプトのファイル交換ソフトは、音楽好きのネットユーザーを中心に爆発的に普及していった。

 ここで重要なのは、CD-Rによるコピーも、パソコンでリッピングした音楽ファイルも、どちらにもSCMSの制限が効かないということだ。つまり、パソコンを介すことで、消費者は無限に音楽CDをデジタルコピーできるようになったのである。

 これに対し、後発であるDVDやPS2などのゲームパッケージは、DRMが初めからきちんとしていた。厳密にいえばDVDもゲームもコピーできないわけではないが、いわゆる「素人」がコピーする敷居がCDと比べて非常に高い。音楽CDのコピーがカジュアル化する一方で、DVDやゲームといった「簡単にコピーできないコンテンツ」が普及した。

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