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「EMIは打つ手がなかった」――DRMフリー化と「CCCD」という無駄 そして日本は津田大介氏(3/5 ページ)

» 2007年04月09日 10時00分 公開
[津田大介,ITmedia]

レコード会社は「空気」から「敵」に

 ここで、「なんちゃってDRM」をかけたCCCDと音楽配信のDRMの話がリンクしてくる。4大メジャーはインターネットが爆発的に発達したこの10年間、消費者(実は彼らにとってはビジネスの根幹を支える「お客様」であるのに!)の利便性やハードウェアの耐久性やプライバシーを犠牲にしてまでも、CDにDRMという「鍵」をかけることに夢中になってきた。しかし、その結果SONY BMGは多額の賠償的和解金を支払うハメになり、音楽を愛好する消費者からの信頼を失った。

 本来レコード会社という存在は消費者から意識されない「空気」のような存在である。よほどマニアックなインディーズレーベルでもない限り「あのレコード会社の音源が好きだから、知らないアーティストだけど音源買おう」という話にはならない。あくまでレコード会社は黒子的な存在であり、本質的な話をすれば、そもそも消費者と対立すること自体がおかしいのだ。ところがアーティストを人質に取ってCCCDという醜悪なメディアを消費者に押しつけたことで、レコード会社は消費者の「敵」になった。

CCCDがユーザー離れ起こした

 これまで音楽業界に対してたくさんのお金を落としてきた音楽好きの消費者は、CCCDの導入を多かれ少なかれ不満に思ったことだろう。レコード会社がやったことは、今まで何の不満もなくおいしく食べていたラーメン店の店主の人格が急に変わり、お客に対して威圧的になり、常に食い逃げを疑うような店になったようなものだからだ。いくらラーメンがおいしくても、多くの人はそんな店には行きたくなくなるものである。

 ラーメンならまだいい。気に入らない店になったのなら、ほかのラーメン屋に行けば済むからだ。しかし、音楽の場合はそうはいかない。倖田來未のCDが欲しい人は「倖田來未のCDが買えないからmisonoのCDでいいや」という思考にはならない。音楽にこの代替不能性があるからこそ、レコード会社はCCCDを強気でリリースし続けた。そうしても消費者は特に不満を感じず、CDと同じようにCCCDも買ってくれると高をくくっていたのだろう。

 ある意味、それは正しかった。そもそもパソコンで音楽を聴かない人にとってはCCCDなんてものはどうでもいい存在だし、CCCDでも気にせず購入する消費者も多くいた。だが、その一方でCCCDでリリースすることにアーティストや消費者の一部から強烈な拒絶感が生まれたことも事実である。

 レコード会社が自分たちの勝手な都合でCCCDをリリースしたことでアーティストはレコード会社とファンの間で板挟みになった。インターネットで「反CCCD」の機運が盛り上がり過ぎてしまったために、CCCDでリリースすることが決まったアーティストの掲示板が「炎上」するといった風景もそこかしこで見られた。この件に関しては基本的にアーティストは被害者である。CCCDを強行することでレコード会社と消費者に溝ができるだけならまだしも、結果としてこれがアーティストとファンの間に溝を作ることにもなってしまった。レコード会社の罪はあまりにも重い。

ユーザーを標的にするという“暴挙”

 レコード会社はCCCDを出すだけに飽きたらず、最終的にはネット上で違法ファイル交換を行っている個人ユーザーを特定し、高額の賠償を請求するという暴挙に出た。

 筆者から言わせれば、ファイル交換ソフトを使って音楽をコピーしているような人たちは音楽業界にとって「これだけ娯楽が多様化している中、音楽に興味を持ってくれている貴重な潜在顧客」である。なぜ、そうした潜在顧客を厳しいDRMや、訴訟で排除するのではなく、彼らがどうすれば音楽業界にお金を落としてくれるようになるのか真剣に考えなかったのか。本当にレコード会社はこの10年間一体何をしてきたのかと問いたい。小一時間といわず、24時間くらい問い詰めたい。DRMを強化したり、政治家に多額の献金をして業界を保護してもらう前にやるべきことがあったんじゃないか。

 CCCDは普及しない。かといってDRMが厳しすぎる音楽配信サービスなんて誰も見向きもしない。そして、さまざまな「消費者いじめ」方策がまったく奏功せず、CDの売り上げだけが落ちていく……。そんな悪いスパイラルを変えたのは音楽業界の外からビジネスを展開したAppleのiTunes Music Store(現iTunes Store)だった。iTunes Storeがどのように成功を収めたのかは改めて解説するまでもないだろう。ただ一点成功した要因をあげるとするなら、「スティーブ・ジョブズCEOが音楽というコンテンツの特性をよく理解しており、その上で徹底して消費者目線のサービスを提供した」からに他ならない。

 「Thoughts on Music」で書かれたことをジョブズ一流ポジション・トークと見る向きもあるが、個人的には「DRMなしの状態が消費者にとって一番良いのは明白」ということについては間違いなく本気でそう思っているだろうし、それは具体的にEMIと話をつけてDRMなしの音楽ファイルの販売を始めたことで証明されたと思っている。もっとも、そこにはiPodが携帯音楽プレーヤーの中で圧倒的なシェアを持ち、iTunes Storeとの組み合わせによるエコシステムが不動の地位を築いている現状において、DRMがフリーになればこのエコシステムからほか「出て行く」人より、ほかのメーカーのユーザーを取り込める数の方が多い、といった冷静なビジネス判断もあるだろうが。

EMIにDRM断念迫った、2つの“予想外”

 EMIグループが今回の決断を下した背景を語る上でCCCDは絶対に外すことができない重要な項目だ。初めてDRMをかけた音楽ファイルの配信実験が米国で行われたのが1998年、ドイツで世界初となるCCCDの市場投入実験が行われたのが2000年であるということを考えると、本当にレコード会社は10年近くも無駄な回り道をしてきたのだなと思えて仕方がない。

 個人的には、EMIグループは1〜2年くらい前まではCCCDやDRMを捨てるなんてことをみじんも考えていなかったと思っている。それがここにきて覆ったのは、彼らにとって「予想外」の出来事が2つ起きたからと筆者は予想している。

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