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「EMIは打つ手がなかった」――DRMフリー化と「CCCD」という無駄 そして日本は津田大介氏(5/5 ページ)

» 2007年04月09日 10時00分 公開
[津田大介,ITmedia]
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 また、他社が追随するもう1つの要素としては欧米でDRMフリーの音楽配信サービスが徐々に伸びてきているという事情もある。規模的には、まだメジャーと比較すればかなり小さいことは事実だが、欧州のインディーズレーベルのDRMフリー配信プラットフォームとなった英国の「Bleep」や、当初は無料から配信がスタートし、楽曲のニーズ(ユーザーレコメンド)に応じて楽曲の販売価格が変わるというDRMフリーの音楽配信サービス「Amie Street」といった新しいサービスを利用するユーザーは日増しに増えている。さらに言えば、まだ噂レベルでしかないが米国ではAmazon.comがDRMフリーのMP3楽曲販売に乗り出すという話もあるほどだ。音楽業界は数年かけてDRMの実験を行ってきたが、どんな形であってもDRMが売り上げを伸ばすことはなさそうだ、というシンプルな結論に行きつつあるのではないかと筆者は思っている。

 今回のEMIの発表を受け、iTunes Storeの最大のライバルと目されるMicrosoftのZune MarketplaceもDRMフリー楽曲を販売する意向を示したそうだ。EMIはPC向け配信のみならず、携帯電話向け音楽配信ファイルもDRMフリーにすることを表明している。ただし、これは配信業者に「DRMフリーで配信しろ」と強制するものでなく、DRMを付けて販売した業者についてはそれを妨げるつもりはないそうだ。

国内のDRMフリー化は難しい

 となると、気になるのは日本の状況である。日本のPC向け音楽配信状況を見るといまだ「お寒い限り」というほかないのだが、そのかわり日本では携帯電話向けの「着うたフル」が絶好調である。単価も高く、レコード会社にとっての利益率も非常に高い着うたフルは間違いなく不況にあえぐ日本のレコード会社の救世主となっており、彼らは今のこのおいしいスキームを維持したいと思っているはずだ。エイベックスを中心とした日本のレコード会社各社がネット上にあふれている「違法着うた」を撲滅すべく、知財戦略本部などに強力なロビー活動をしているのはその証だろう。

 日本にはすでに著作権法で送信可能化権が設けられており、アップロードした者とサーバ運営者は罪に問えるようになっている。しかし、彼らはそれでは飽きたらず「違法ファイルをダウンロードすること」を私的複製の外に置くことで「ダウンロードするのも犯罪」にしようとしているのだ。

 そんな状況の日本において、本当に「DRMフリー」の波が訪れるのかというと、現時点では非常に疑わしい。また、日本にはすでに消費者の間に定着した安価な音楽コピー手段として「レンタルCD」が存在しているため、音楽配信用ファイルをDRMフリー化しても、価格競争力という点でレンタルCDに負けてしまうというネガティブな要素もある。現在行われている文化審議会の席上で、日本レコード協会専務理事の生野秀年氏が「レンタルCDからのコピーを私的複製の対象外にすべし」と主張しているのもこうした日本の特殊事情が背景にあるといえそうだ。

iTunes StoreはDRMフリーに?

 個人的な見解を述べれば、日本でもiTunes Storeに関してはDRMフリー化は十分あるのではないかと思っている。なぜなら今のPC向け音楽配信サービスと着うたフルはまったく違うレイヤー、ユーザー層でお互いに「定着」しているからだ。PC向けはDRMフリーにして、着うたフルでは従来の厳しいDRMを続ける。それでも、ケータイユーザーから不満が出ることはないだろう。そうした判断に基づいてレコード会社が音楽配信にそうした「ダブルスタンダード」を持ち込む可能性は十分に考えられる。

 ただ、そうはいっても日本の音楽業界の中にはいまだに音楽のコピーに対して非常にネガティブに捉えている人が多いのも事実(何せ2007年にお偉方が集まる会合で「音楽はコピーネバーにすべきだ」というような人がいるらしいというから驚きだ)。世界の流れに従い、全体の空気としてDRMフリー容認の方向になったとしても、一部の空気を読まない権利者団体が強硬に反対していつまでたってもDRMフリーにならないという可能性は十分ありそうだ。

 しかし、そんなことをしてる間に状況はどんどん変わっていく。それこそiPhoneが日本市場に上陸したときに音楽業界がそんな意識でどうするというのか。環境的に世界の音楽市場から取り残されているような状況で、「音楽コンテンツの輸出振興」なんて言われても絵に描いた餅としか思えない。日本はiTunes Store導入で米国から2年の遅れを取っている。今はその遅れを取り戻すチャンスとも考えられる。

 さまざまな環境が特殊な日本で、安易にDRMフリーに乗っかることが必ずしも良いことだとは筆者も思わないが、着うたフルばかりがもてはやされる現状が健全であるはずもない。今こそ、CCCDが業界にもたらしたものをきちんと総括し、DRMの水準をどこに置くか、そして消費者にどこまでコピーを認めるのかといったことの本質的な議論を行う必要がある。

津田大介

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 IT・音楽ジャーナリスト。1973年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒。

 コンテンツビジネス周辺やコンテンツの著作権、ネットサービスを中心とするネットカルチャーをフィールドに新聞、雑誌など多数の媒体に原稿を執筆。2002年よりコンテンツ配信関連の情報を扱うブログ「音楽配信メモ」を運営。

 2006年より文部科学省文化審議会著作権分科会私的録音録画小委員会専門委員。2007年より文部科学省文化審議会著作権分科会過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会専門委員。

 主な著書に『だれが「音楽」を殺すのか?』(翔泳社)、『仕事で差がつくすごいグーグル術』(青春出版社)など。


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