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レコメンデーションの虚実(5)〜「もうちょっとだけ環境の良い場所ない?」をアルゴリズムに持ち込む方法ソーシャルメディア セカンドステージ(1/2 ページ)

» 2007年10月09日 11時00分 公開
[佐々木俊尚,ITmedia]

ネット利用者の増大――情報の洪水に溺れる人々

 これまで3回にわたって、レコメンデーションの最先端がどうなっているのかを、眺めてきた。延々とリコメンデーションの細かい話について書いてきたのには、理由がある。第1回で書いたように、レコメンデーションが人間の「認知限界」を突破し得る重要なアプローチとなっているからだ。

 この背景として忘れてはならないのは、インターネットの利用者層が急激に拡大しているという事実だ。これまでのインターネットユーザー――いわゆる「イノベーター」や「アーリーアダプター」と呼ばれるような先端層の人たちであれば、情報の洪水に溺れることはなかった。いや逆に、商品や情報が増えれば増えるほど、いっそうワクワクとその世界に没入してしまう人たちだった。言ってみれば彼らは情報を操る人形使いのような人たちであって、奔流のような情報にうまくをうまく仕切り、情報の流れにうまく棹さすことを大いなる喜びにしているのである。だから例えばデジカメなどの家電を購入しようとするとき、スペックをうまく切り分けて自分の欲しい商品を選び出すことに苦痛は感じない。逆に多様なスペックからどう自分の選択肢を抽出するのかという、その技巧に気持ちよさを感じていたのである。

イラスト

 ところがいまや、インターネットのユーザー層は拡大し、キャズム理論(参照:情報マネジメント用語事典)で言う「アーリーマジョリティ」や「レイトマジョリティ」の人たちがECサイトなどに流れ込んできている。この層の人たちは、イノベーター層に比べれば認知限界がとても低い。情報を操るスキルは持っていないし、情報の洪水にすぐに溺れてしまう。つまりはいまこの記事を読んでいるあなたのお母さんやお父さん、おじいさん、おばあさん(あるいは近所のオジサン)といった人たちである。

 このような人たちの住んでいる世界というのは、きわめて直感的かつ曖昧な世界である。商品の選択や検索、レコメンデーションに、従来のような的確なロジックを求めているわけではない。どちらかといえば彼らが求めているのは、よりリアルの社会感覚に近いファジーなインタフェースだろう。

計算できない曖昧なレコメンデーション

 例えばあるオジサンが奥さんから離縁され、しかたなくひとり暮らしのできるマンションを探しているというシチュエーションを考えてみよう。

(1)どのあたりに住もうかと考える。「ここに住む」という明確な意志があるわけではない。そこで友人に電話して「ひとり暮らしするんだったら、どこがいいだろう?」と聞いてみる。

(2)友人は「仕事場は新宿だっけ? だったら初台か幡ヶ谷あたりが住みやすいんじゃないの。飲んだときにもタクシーで帰れるし」「でもあの辺は駅が首都高速の下だろう? なんか暗くていやなんだよな。もうちょっとだけ環境の良い場所ない?」「だったら参宮橋か代々木八幡だな」「そこは商店街はあるんか?」「あるある」

(3)オジサンは、小田急代々木八幡駅に行ってみて、街をブラブラする。商店街のたたずまいも何となく気に入って、ここに住もうかと考える。

(4)これまでは妻の実家に先方の両親と二世帯同居していて、長い間ひとり暮らしをしたことがないから、どんな部屋を借りればいいのか分からない。とりあえず地元の不動産屋を冷やかしてみる。「部屋を探してるんだけど」「どのぐらいの部屋?」「うーん、ひとりで住むのに十分な広さがあれば……」「ご予算は」「まあ月額8万円ぐらいかな」「それだとお客さん、ワンルームか6畳4.5畳の1DKになるけど」「ちょっと狭いなあ」「1LDKだと15万円ぐらいは出してもらわないとね」「じゃあちょっと妥協して、6畳6畳で12万円ぐらいまでなら出してもいいんだけど」「うーん、ちょっと調べてみましょうか」


 リアルの商売というのは、こんなふうなやりとりで成り立っている。レコメンデーションは常に曖昧で、アルゴリズムでは計算しきれない。顧客の側が提示する条件ははっきりせず、そもそも条件が明確に言葉にできるのかどうかさえ、顧客の側は認識できていない。上記の会話にあるように、相手(企業)とのコミュニケーションの中で、自分の求めているニーズや条件にようやく気づいてくるということが多い。逆に言えば、有能な商売人であれば、顧客の秘められたニーズをうまくコミュニケーションによって引き出し、そこから最適なレコメンデーションを行う暗黙知を身につけている。

 そしてこうしたリアルでファジーなレコメンデーションシステムに慣れているマジョリティの人たちに、どのようにしてインターネット上で的確なレコメンデーションを行うかというのが、実のところこれからの大きな課題となってきている。行ってみれば暗黙知であるリアルレコメンデーションのナレッジ化、可視化というテーマである。

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