第2回 最初の決断奇跡の無名人たち(2/2 ページ)

» 2008年08月27日 08時30分 公開
[森川滋之,ITmedia]
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 会議が終わると、イケメンがアポを取り始めた。何だか良く分からないが、5、6本に1本はアポが取れていく。通常は10本に1本も取れたら、かなり優秀なので、これは驚異的な数字だ。

 「すごいなあ」和人が誉めた。

 「秘密は、この鏡なんです」

 そういえば、イケメンは鏡を見ながら電話をしている。

 「昔、コールセンターでウザいクレーマーにキレちゃったことがあるんです。上司に当然叱られました。その後教えてもらったのが、机の上に鏡を置く方法」

 自分の顔に見とれてるのかと思っていた。

 「なんだかんだ言って、こちらの表情って電話越しでも相手に分かるんです。逆に、表情を作れば感情もコントロールできる。だから、鏡を見ながら満面の笑みを作ることにしたんです。それからキレることもなくなったし、クレームの対応もスムーズになった」

 なるほど。こいつの笑顔ならアポも取れるだろう。

 あっという間に、ロバさんチームと大口兄弟の1週間の訪問スケジュールができ上がった。ロバさんチームはのんびりと、大口兄弟はダッシュで出かけていった。

 問題は、仲良しチームである。どこに出かけていっていいかさっぱり分からない様子だ。

 「どうした?」

 和人が声を掛けた。

 「この1週間の間で、この近所は回ったんですけど、反応がなくって」「うーん。じゃあ、まず一緒に作戦を立てよう」。3人は会議室に入っていった。

 4月2週目。C市の桜はもう散ってしまったが、晴れ渡っている。オフィスのあるビルの下は大通りだが、車の行き来は少ない。スズメの声が聞こえる平和な日だ。会議室からは最初和人の声だけがしていたが、やがて3人の笑い声がしてきた。

 途中でクオーターが出てきて、パンフレット類一式と2人分のクリアファイル、それからなぜか所長席においてあるラミネート加工するためのパウチッコを取りにきた。その後1時間ぐらい、何やら作っている様子だった。

 「よしできた。じゃあ、カバン買いに行こうか?」「えー。それって経費で落ちるんですか?」とマザーが聞く。「営業にとって正しいカバンは必需品だから、ぼくが社長ならそうするんだけど、あいにく雇われ営業所長なんでねえ……」「自腹なんだ……」「C市にも三越やそごうがあるけど、そこで買うのはあきらめることにしないと。なあに、2000円くらいので十分だよ。消耗品だしね」

 駅ビルの1階に安いカバン屋がある。15分後、3人はそこにいた。「カバン選びのポイントは2つだけ。カバンを床に置いたときにそのまま立つことと、大きなファスナーが2つあること」

 「アタッシュケースっていうイメージがあるんですけど」。クオーターが、英語部分だけやたらいい発音で疑問を口にした。「玄関でアタッシュケースを広げるのって、なんか抵抗ない? カバンが立ったまま、そこから資料を出せるほうが心理的に楽だよね」「うーん。確かに」

 「ファスナーが2つというのは?」。今度はマザー。「お客さんの目に留まらないほうがいいものも入ってるじゃない。例えば、行き先名簿とかさ。説明用資料とそういうものは分けておかないと」「なるほど」

 「そのポイントで選べば、絞れるだろう」「うーん。だけど、ダサいのしかないわねえ……」「ダサいほうがいいの。特に個人向けはね。いいバッグを持っていったら、稼いでるって思われちゃう。それって損だよ。仕事用と思って割り切りなさい」

 とはいっても女性がカバンを選ぶのだから時間がかかる。和人はマザーとクオーターがああでもない、こうでもないというのに1時間付き合わされることになった。レジを済ませたら、もう昼食時になっていた――。

第3回 同行

連載「奇跡の無名人」とは

 森川“突破口”滋之です。IT関連の書籍や記事の執筆と、IT関係者を元気にするためのセミナーをやっています。

 Biz.IDの読者には、管理や部下育成といったことや、営業など専門知識以外のビジネススキルに関することなどに関心を持ち始める年代の方が多いと聞いております。

 そういう方々に役に立つ話として、実話をベースにした物語を連載することになりました。元ネタはありますが、あくまでもフィクションであり、実在の団体・人物とは関係ありません。

 今回の物語は、ぼくのビジネスパートナーである吉見範一さんから聞いた話を元にしたものです。ある営業所の若い女性が起こした小さな奇跡について書きます。営業経験がなく、日本語が達者じゃないのに法人営業に成功した話が始まります――。

著者紹介 森川“突破口”滋之(もりかわ“とっぱこう”しげゆき)

 大学では日本中世史を専攻するが、これからはITの時代だと思い1987年大手システムインテグレーターに就職する。16年間で20以上のプロジェクトのリーダー及びマネージャーを歴任。営業企画部門を経て転職し、プロジェクトマネジメントツールのコンサル営業を経験。2005年にコンサルタントとして独立。2008年に株式会社ITブレークスルーを設立し、IT関係者を元気にするためのセミナーの自主開催など、IT人材の育成に取り組んでいる。

 2008年3月に技術評論社から『SEのための価値ある「仕事の設計」学』、7月には翔泳社から『ITの専門知識を素人に教える技』(共著)を上梓。冬には技術評論社から3冊目の書籍を発売する予定。


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