やればできるじゃん518日間のはい上がり(1/3 ページ)

くわえタバコが腹に落ちて、焼け死にしかけた――というと大げさだけど、このままではいけないと思ったのは確かだ。そもそもいろんな“不幸”の原因って俺にあるんじゃないのか?

» 2010年09月17日 17時30分 公開
[森川滋之,Business Media 誠]

連載「518日間のはい上がり」について

 この物語は、マイルストーンの水野浩志代表取締役の実話を基に再構成したビジネスフィクションです。事実がベースですが、主人公を含むすべての登場人物は作者森川滋之の想像による架空の人物です。

前回までのあらすじ

 会計事務所の事務員として働いていた主人公の金田貴男。会計士ばかりの職場に反発して友人と起業したものの、あえなく倒産し、1500万円の借金を背負う。何とか就職するも試用期間のうちに嫌気がさして辞職。酒とパチンコだけの準引きこもり状態だったが、パチンコに負けたある日、思わずヤケ酒をしてしまい、くわえタバコのまま寝てしまった――。


 焼け死にしかけたというと大げさだけど、このままではいけないと思ったのは確かだ。

 そうでなくても、1日にウイスキーのボトル1本にタバコ3箱。長生きできるわけがない。病気にならなくても、火事で死ぬかもしれない。地震や台風がきたら逃げ遅れるかもしれない。死なないまでも、重大な障害が残ったり、周囲に迷惑をかけるような事故を起こすかもしれない。

 とにかく今のままではダメだ。それだけは間違いない。

 でも、何をどうしたらいいんだろう。まったく分からない。何でもいい。何かやらなくっちゃダメだ。挑戦しなきゃ……。

 ん? 挑戦? 挑戦って、やっぱり難しいことに挑戦するんだよなあ。今の俺にとって一番難しいことって何だろう?

 しばらく考えた。就職だって難しい。もう一度事業にチャレンジするのも難しい。難しいことだらけだ。正直いまは自信がない。

 難しいけど、俺でもやれるかもしれないってことはあるんだろうか? 思いつかない。イライラしてきた。

 俺はさっき焼け死にしかけたことも忘れて、タバコに火をつけて、大きく息を吸い込んだ。

 「ふう〜、うめえ。『今日も元気だ、タバコが美味い!』ってこのことだな」

 いやいや、ぜんぜん元気じゃなかったんだ。第一これのせいでひどい目に合ったんだった。さっきタバコを落としたところがまたヒリヒリしてきた。待てよ。何かひらめきそうだ。難しいけど、自分にもできそうで……。

 「禁煙だっ!」思わず声に出してしまった。

 禁煙。んー、それは無理だろう。タバコをやめるぐらい難しいことはないと聞いてるし。クスリやめても、タバコをやめてない海外大物ミュージシャンなんて掃いて捨てるほどいるしなあ。俺には無理無理。

 いや、いけない。すぐにあきらめるのが俺の悪い癖だ。やらないと。うーん。やっぱり無理。いや、やらないと。やればできるさ。いやいや、やればできる、なんて性格なら、こんな風になってないさ。

 いや……。あー。イライラしてきた。

 気がついたら、タバコに火をつけていた。ふ〜、落ち着く〜。とにかく、この箱を吸い終わってからだな。

 タバコで腹に火傷(やけど)してから、約1週間たった。今日は9月1日。

 セミの声はあまりしなくなってきたが、まだまだ暑い日が続いている。火傷はようやく気にならなくなった。この1週間いろいろ考えた。

 今まで何でも人のせいにしてきたように思った。何でも自分に原因があるなんて考え方は正直よく分からないが、俺にも非があることがあったような気がする。

 例えば会計事務所を辞めたきっかけ。

 確かに所長のしかり方は理不尽だったかもしれない。ただ、ものの言い方は穏やかだったし、一応俺にも釈明のチャンスを与えてくれていた。勝手にキレちゃったのはこちら側で、第三者が見たら所長は悪くないと思う。

 自分が一生懸命環境を変えようとしたことが認められなかったのがキレた原因だけど、本当にみんなが喜ぶことだったら認められたのではないかとも思う。

 俺は、事務所の会計士たちを心理学で操っていた気になっていたけど、連中は実は操られているフリをしていただけかもしれない。いや、きっとそうだ。うるさいから適当にあしらっておけって思っていたに違いない。もしかしたら全員でつるんでいたのかも……。

 そう思うと、自分のあさはかさに、顔から火が出た。

 人を操った気になって、実はほかの全員から嗤(わら)われていたんだ。そう思うと、思い当たる節はたくさんある。

 そのあと、会社を興してうまくいかなかったのも、周りの連中や不景気のせいにしていたけど、本当にそうか?

 安良城も山城も優秀なプログラマーだった。そもそも営業は俺がするからと言って誘ったんじゃなかったか? それなのに、仕事が獲れないのはおまえらのせいだ、みたいな言い方を、俺は確かにしていた。

 営業と言っても、ネットにバナー広告を出しただけだった。地道なことは何一つやらなかった。

 我々がターゲットにしていた企業のリストなんか、タウンページからでも取れるのに、それすらやらなかった。地道にアポを取って訪問するなんて思いもしなかった。断られるのがいやだったから。なのに立派な会社案内だけは作った。ほかの2人は反対していたのに。もっと別のところに金を使えよと。

 今考えると、まともだったのは、あの2人だった気がする。俺だけがチャラく成功して、チャラい生活をしようと考えていたんじゃないだろうか。

 どうも会社をダメにしたのは、俺らしい。

 その後、就職して失敗したのも、それ以来どの企業も門前払いなのも、どうも俺に原因があるような気がしてきた。

 いや、もうこれ以上は考えたくない。少なくとも、俺にも原因がありそうだということだけは分かった。

 変わらなければ。やっぱり禁煙をしよう。金もなく、人脈もない俺に、難しいけど今できることはこれぐらいだ。

 やり遂げよう。やり遂げて自信を取り戻そう。自信のない俺なんて生きる価値もないしな。まだ、さすがに死にたくはないし。

 こうして、めでたく禁煙することにしたのだけど、ただタバコを吸わなければ禁煙に成功なんて甘いものじゃないのは、禁煙にチャレンジして失敗したことのある人ならよーくお分かりだろう。

 ライターとタバコを捨ててもダメだった。ついついパチンコ屋でコインと交換してしまう。

 水を大量に飲むといいと本に書いてあったので、それも試したみたが、なんとなく体調がよくなった程度だった。もちろんすぐに口寂しくなって、くわえて火をつけてしまう。

 三日坊主どころか数時間ももたない。これはダメだと思った。少なくとも意志の力ではやめられない。

 例の心理学の本もう1度読んでみようかな。人は操れなかったけど、自分なら操れるかもしれない。

 そう思って、本棚に行った。

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