人生の光明518日間のはい上がり(1/2 ページ)

大失敗の禁煙セミナーから立ち直った金田。週1回のセミナー開催を自分に課し、続けていたところ、なんとある依頼が舞い込んできたのである。

» 2011年12月15日 18時15分 公開
[森川滋之,Business Media 誠]

連載「518日間のはい上がり」について

 この物語は、マイルストーンの水野浩志代表取締役の実話を基に再構成したビジネスフィクションです。事実がベースですが、主人公を含むすべての登場人物は作者森川滋之の想像による架空の人物です。

前回までのあらすじ

 主人公の金田貴男は起業したが倒産し、1500万円の借金を負う。一念発起して禁煙に“成功”。意外なビジネスチャンスを感じ、禁煙セミナーを開催するも緊張して大失敗してしまった。失意のどん底にあったが、週1回セミナーをやり続けることを決めて金田自身も変わった。「今のとうちゃん、カッコイイよ」――。そんな妻の一言で大いに励まされる金田であった。



 セミナーに参加しても、内容はあまり残っていない。とにかく講師やテキストのいいと思ったところを大学ノートに書き出していった。その中でやれることを自分のセミナーに取り入れていった。セミナーの参加者は1人か2人ぐらいだった。ゼロのときもあった。ゼロのときもキャンセルせず、会場で1人で稽古した。

 おもしろいことに、毎週毎週セミナーをやっているとメルマガで報告していると、読者もプロだと思うらしい。参加者はちょっとずつだが増えていった。だんだんといい感想ももらえるようになり、それをメルマガに載せ続けた。熱意が通じたのか、減り続けていた読者もまた増え始めていた。

 俺は、セミナーの参加者に追跡調査をさせてもらうことにした。成果が出ているか知りたかったからだ。

 当日のアンケートに「禁煙または節煙を決心したか」という欄を設けた。これにはだいたい85%ぐらいの人がYesと答えてくれた。

 さらに1カ月後にメールで「禁煙または節煙に成功したか」と聞いた。そうすると50%のぐらいの人が、お礼とともに成功したと返してくれた。回収率は100%とはいかなかったが、返事をくれない人は失敗したと思われるので、成功率はこのまんまと思っていいだろう。

 禁煙はかなり難しいこととされているので、これは相当な実績だと思う。でも、成功した人のお礼のメールを読んでいるうちに、これで満足してはいけないと思うようになっていた。そんなにいいことなら全員に達成してほしい。

 いつの間にか、俺にも使命感のようなものが芽生えてきたんだ。そうなると自然とメルマガのメッセージにも力が入るようになったんだ。

 我ながらいい感じになってきた2003年6月28日、俺は信じられないメールを受け取った。

 兼田孝夫様

 阿真尊書店編集部の三田翔太と申します。突然のメールで失礼いたします。

 貴兄のメールマガジン「ストレスなしでラクラク禁煙・タバコをやめて人生に成功する法則」をいつも興味深く拝読しております。

 私は長い間喫煙をしていた者ですが、何かいい禁煙法がないかと思い、ネットを検索したところ貴兄のメルマガを知りました。そして、おかげさまで禁煙に成功しました。まずは御礼申し上げます。

 貴兄の禁煙法はきわめてユニークなものであり、これを広めることで多くの方のお役に立てるのではないかと感じました。つきましては、貴兄の本を出版する方向で検討したいと思うのですが、いかがでしょうか。

 一度打ち合せいたしたく、都合のいい日時をご連絡いただければ幸いです。

 よろしくお願い申し上げます。


 「兼田孝夫」というのは、俺のペンネームだ。最初読んだときは、何が書かれているのか理解できなかった。出版なんて想像の範囲外だったからだ。

 たちの悪いいたずらかと思い、「阿真尊書店」というキーワードで調べてみたら、本当にあるようだ。でも、これだけだと何の証拠にもならない。まあ、いたずらならいたずらでもいい。とりあえず返事してみることにした。

 3日後の昼間が空いていたので、その時間ならとメールしたら、すぐに返事が返ってきた。阿真尊書店の本社ビルで会いたいとのこと。これはどうやらホンモノらしい。そう思ったら、急に震えが来た。出版をねらっていたのなら「ヤッター」と叫びだしていたかもしれないけど、あまりのことに、俺はちょっとビビってしまったんだ。

 一時期はひと目で自堕落なやつだと分かるカッコをしてたけど、最近は毎週セミナーをやっているので、スーツ姿も様になるようになってきた。出版社での面談当日、できるだけパリッとしたカッコをした俺は、鏡でチェックしながら、セミナーをやってて本当に良かったと思った。

 阿真尊書店のある四谷駅を降りたら緊張感がピークに達していた。右手と右足が同時に出てしまったんだ。

 これじゃあいけない。俺は両手でほっぺたをはたいて気合いをいれた。その音で、通りがかりのOLがこちらを振り向いた。気まずいことに一瞬視線があってしまった。俺はそのOLに会釈して、そそくさと立ち去った。俺のほほは真っ赤だっただろう……。

 受付でも緊張しっぱなし。受付のお姉さんはたぶん笑いをこらえてたんじゃないかと思う。応接室に通されてから5分待たされたが、それが永遠に続くかと感じられた。

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