入ってきたのは、30代中ごろと思われる、フツーのまじめなサラリーマンという感じの人だった。差し出す名刺には確かに「阿真尊書店 編集部 三田翔太」と書かれていた。
俺の持っていた編集者のイメージは、豪快に酒を飲み、麻雀が大好きで、妙になれなれしい(いつの時代の編集者だ?)というものだったので、すっかり拍子抜けして、そのおかげで一気に緊張も解けたんだ。
三田氏は、俺の名刺を見て、怪訝(けげん)な顔をした。俺は、その理由にすぐに気づいた。
「こちらの“金田貴男”というのが本名なんです。メルマガはペンネームなんです」「ああ、そうでしたか。今日はお忙しいところ、ご足労いただきましてありがとうございます」「とんでもないです。こちらこそありがとうございます」
その後、三田氏に質問されるまま、近況やここ数年の暮らしぶり、さらに学生時代のことなどを俺は話し続けた。
「ふーむ。金田さん、思った通り面白い人ですね」
これは誉められているのだろうか?
「実はね、禁煙というテーマで的を絞るか、もっと広いテーマにするか、ちょっと迷ってたんです。どちらがいいです?」「うーん。売ろうと思ったらテーマを絞ったほうがいいのでは?」
俺はたまたま受講したマーケティングのセミナーで得た知識を披露した。
「そうですね、その通りです。でも処女作ってその後のイメージに大きな影響を与えることがあるんです。禁煙本で売れてしまったら、禁煙評論家というレッテルが貼られるかもしれない。金田さんはそれでいいですか?」「分からないです。本が売れた経験なんてないですから」「僕は、金田さんは禁煙評論家で終わるべきではないと思います。悪習慣改善、いや人の成長を助けるというような理念を最近のメルマガからは感じるんです。だからこそメールしたんです」
なんだかとてもうれしい、涙が出るというより、心が暖まる気持ちだった。分かってくれる人がいた、という感じ。三田氏は続けた。
「入り口は禁煙でもいいかなと思ったんですが、金田さんのメソッドなら、最初から悪習慣改善という方向で考えたほうがいいように思います。ぜひ、その方向で企画書を出してくれませんか?」「はい。でも、出版の企画書なんて書いたことがないもんで……」「そんな格式張ったものでなくていいんです。メモみたいなもので十分。とりあえず、このあたりが入っていれば……」
三田氏は、リポート用紙に個条書きして、俺に渡してくれた。それにはこう書いてあった。
「これだけいただければ、僕のほうで出版企画書としてまとめて社内会議にかけます。1週間ぐらいでお願いできますか?」
3日後、俺は三田氏にメールで企画案を送った。すると三田氏からすぐに質問と目次の改善案が送られてきた。こんなメールのやりとりが3週間の間に5往復あった。阿真尊書店の出版企画会議は、毎月第2、第4木曜日の13時から2時間程度。忘れもしない2003年7月24日。やきもきしながら三田氏からの電話を俺は待っていた。
「やりましたよ、金田さん。企画通りました。これからが大変ですが、一緒にいい本を作りましょう」
受話器の向こうで三田氏がこう言ったのは、15時14分のことだった。何度も何度も時計を見ていたので、この時刻がいまでも目に焼き付いているんだ。
禁煙を決意してから335日目。ようやく人生の光明が見えた思いだった。
著者・森川滋之が、あの「吉田和人」のモデルである吉見範一氏と新規開拓営業の決定版と言える営業法を開発しました。3時間で打ち手が分かるYM式クロスSWOT分析と、3週間で手応えがある自分軸マーケティングと、3カ月で成果の出る集客ノウハウをまとめた連続メール講座(無料)をまずお読みください。確信を持って行動し始めたい方のためのセミナーはこちらです。
ITブレークスルー代表取締役。1987年から2004年まで、大手システムインテグレーターにてSE、SEマネージャーを経験。20以上のプロジェクトのプロジェクトリーダー、マネージャーを歴任。最後の1年半は営業企画部でマーケティングや社内SFAの導入を経験。2004年転職し、PMツールの専門会社で営業を経験。2005年独立し、複数のユーザー企業でのITコンサルタントを歴任する。
奇跡の無名人シリーズ「震えるひざを押さえつけ」「大口兄弟の伝説」の主人公のモデルである吉見範一氏と知り合ってからは、「多くの会社に虐げられている営業マンを救いたい」という彼のミッションに共鳴し、彼のセミナーのプロデュースも手がけるようになる。
現在は、セミナーと執筆を主な仕事とし、すべてのビジネスパーソンが肩肘張らずに生きていける精神的に幸福な世の中の実現に貢献することを目指している。
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