やっとかみさんが認めてくれた!518日間のはい上がり(1/2 ページ)

初めての禁煙セミナーは大失敗。三日三晩泣きじゃくった金田は、道路工事の警備員のバイトを始める。もっと汗をかく必要があると思ったからだ。

» 2011年10月21日 12時00分 公開
[森川滋之,Business Media 誠]

連載「518日間のはい上がり」について

 この物語は、マイルストーンの水野浩志代表取締役の実話を基に再構成したビジネスフィクションです。事実がベースですが、主人公を含むすべての登場人物は作者森川滋之の想像による架空の人物です。

前回までのあらすじ

 会計事務所の事務員だった主人公の金田貴男。起業したが倒産して1500万円の借金を負い、酒とパチンコだけの引きこもりに。一念発起して禁煙に“成功”し、意外なビジネスチャンスを感じるも、教材販売は最初の数件しか売れず、あとはなしのつぶて。禁煙セミナーを開催するも緊張して大失敗。失意のどん底にある金田であった。



 大失敗のセミナーのあと、三日三晩泣きじゃくってから、俺は一生懸命考え始めた。考える時間だけは無尽蔵にある。これだけが当時の俺の強みだった。

 教材もセミナーもすぐには芽が出ないだろう。でも、俺の実績は禁煙に成功したということだけ。この実績で雇ってくれる会社は……。ないだろうなあ。

 借金をしてメルマガの広告を出すことも考えた。読者を増やせばなんとかなるかもしれない。どうせ1500万円の借金があるんだ。あと100万円ぐらい一緒だろうと思った。

 ところが試しに無人で貸してくれるところに行ってみたが、限度額が10万円だと出てきた。これじゃあ、焼け石に水だ。10万円で得意のパチスロをやっても100万円にする自信はなかった。いまの俺の運気だと、あっという間にすってしまうにちがいない。ああいうのは強気でいかないと勝てないようになってるんだ。

 やれることは何でもやろうと、メルマガ読者に紹介のお願いもしてみた。数人増えたが、解除のほうが多かった。読者数は、いつの間にか3000人を切っていた。

 あんなにひどい失敗をしたのに、なぜかセミナーをやりたいという気持ちが湧いてきていた。万雷の拍手を受けて、懇親会でも感謝の声をもらう。アンケートもみんなが役に立ったと書いてくれる。これが実現しない限りは俺は負け犬だと思った。リベンジしたい。1回であきらめるのはいやだ。

 いろいろ反省すべきところはあったが、ではどうしたらいいのかが分からなかった。セミナーを成功させるには、勉強も経験も圧倒的に足りなかった。それを補わないといけない。

 1年だ。1年あればなんとかなる。いや、1年でなんとかしなければならない。もっとセミナーに行って、上手な講師のやり方を盗もう。そして、それを現場でどんどん取り入れていこう。そうしなければ、1年でものにはならない。

 週1回セミナーに行き、週1回セミナーをやる。これだ、これしかない!

 そう決心したのはいいのだが、先立つものがない。セミナーに行くにもお金がかかる。セミナーをやるにもお金がかかる。かみさんに頼んでも貸してくれないだろう。

 本当にどうしたらいいんだ!?

 公民館などでやっている公開講座だと数千円で参加できるものがいくつもあった。また、公民館も新宿からちょっと西に行くとかなり安く借りられることが分かった。月に数万円あればやれる話なんだ。だが、その数万円がない。

 こう振り返ると、スラスラと考えがまとまったように思うだろうが、この程度のことを考えるのに、あの最低のセミナーから1カ月近くかかったんだ。

 俺はなんてプライドが高い人間だったんだと心の底から思う。バイトすればいいじゃないかと思いつくまで、同じく1カ月かかったのだから。

 どうせやるなら肉体労働にしようと思った。もっと汗をかく必要があると思ったんだ。調べたら道路工事の警備員のバイトがあった。時間帯が深夜だと給料も割とよかった。週3日以上バイトをやり、週1回はセミナーに行き、週1回は自分でセミナーをやる。余っている時間は、教材のブラッシュアップに当てる。

 ここまで具体的な決心をして、バイトを始めたときには、すでに5月になっていた。

 このバイト、ある程度は覚悟していたが、想像以上に大変だった。

 初日、まだ慣れていないのに、若い茶髪の兄ちゃんにいきなり怒鳴られたんだ。「じじい。邪魔だ、どけえ〜!」って。正直涙が出たよ。俺はもう38歳になってたんだけど、そいつはどう見てもまだ20歳前後。邪魔なプライドは捨ててきたつもりだったんだけど、ここまでズタズタにされるとは思ってなかった。

 まあ、現場の人たちは口は悪いけど、悪意はない。俺が仕事に慣れてきたらそんな口はきかれなくなったけど、夜中の工事現場はとにかく危険なんだ。

 あるときはトラックが防御フェンスに突っ込んできた。居眠り運転だったらしい。トラックが俺めがけて突っ込んでくるんだぜ。どれだけ怖いか。

 酔っ払い運転の車もけっこういた。今ほど罰則が厳しくなかったんで、3日に一度ぐらいは見かけたよ。低速度でふらふら蛇行してるんで一目で酔っ払いって分かるんだ。俺のことが本当に見えてるのかヒヤヒヤした。

 居眠りも酔っ払いも怖いけど、それよりもずっと恐ろしいのは悪意のある人間だ。暴走族だけは勘弁してほしかった。そもそも信号も守らない連中が、俺が旗をふっても停まるわけがない。罵声を浴びせながら追いかけてくる始末。あのときは本当に殺されるんじゃないかと思った。

 そんなこんなで1カ月で辞めようと考えていたんだけど、ある日もうちょっと続けようかなと思う出来事があったんだ。

 監督が集合しろというのでなんだと思っていってみたら、これから表彰式をやるっていうんだよ。

 あるじいさんが呼ばれて、照れくさそうに感謝状をもらってた。周りの連中も、おお、よかったなって素直に拍手していた。そのとき、そのじいさんがすごく輝いて見えたんだ。俺なんかしばらく人に感謝されたことなんかなかったからね。

 感謝状なんて形だけかもしれないけど、それでも感謝状が欲しいって思ったんだ。感謝状をもらうまでは続けてやろう。変な決心だったけど、それぐらいうらやましかったんだろうなあ。

 そんなことがあったんで、セミナーの勉強と練習を続けながら、バイトのほうもけっこう真面目に続けてたんだ。そしたらびっくりすることが起こったんだ。

 ある朝バイトから帰ってきたら、かみさんが俺の部屋で待ってたんだよ。

 「おとうちゃん……」

 うちに子供はいないんだけど、かみさんはなぜか俺をこう呼ぶんだ。かみさんが真剣な顔をしてるんで、俺はまた何かやらかしちゃったのかなと思った。するとこう言うんだ。

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