しがみついてやる518日間のはい上がり(1/3 ページ)

終電近くまで飲み続けていたが、ずっとウイスキーのボトル1本を開け続けてきた俺だから、二日酔いはなかった。ヘビースモーカー3人に囲まれていたけど、本当にタバコを吸う気が起きなかったんだ。不可能だと思っていた禁煙ができたのはよかったけど、状況はなにも変わっていないんじゃないか?

» 2010年10月22日 08時30分 公開
[森川滋之,Business Media 誠]

連載「518日間のはい上がり」について

 この物語は、マイルストーンの水野浩志代表取締役の実話を基に再構成したビジネスフィクションです。事実がベースですが、主人公を含むすべての登場人物は作者森川滋之の想像による架空の人物です。

前回までのあらすじ

 会計事務所の事務員として働いていた主人公の金田貴男。会計士ばかりの職場に反発して友人と起業したものの、あえなく倒産し、1500万円の借金を背負う。何とか就職するも試用期間のうちに嫌気がさして辞職。酒とパチンコだけの準引きこもり状態だったが、一念発起して禁煙に“成功”したのだったが――。


 終電近くまで飲み続けていたが、ずっとウイスキーのボトル1本を開け続けてきた俺だから、二日酔いはなかった。ヘビースモーカー3人に囲まれて、タバコの煙まで吹き付けられた上「おまえは、愛煙家仲間を裏切るのか?」とののしり続けられたけど、本当にタバコを吸う気が起きなかったんだ。

 昨晩はそういう自分に満足して、帰りの電車の中でひとりほくそ笑んでいた。なのに、今朝はあまり自分を誉める気がしなくなっていた。残暑で蒸している部屋の中で、ポツンと一人。俺はさっきから考えに耽(ふけ)っていた。確かにタバコをやめることができた。不可能だと思っていた禁煙ができた。今朝もまったく吸う気がしない。

 だけど……。

 状況はなにも変わっていないんじゃないか? 借金は、利息を払うのがやっとで減っていない。まだ1500万円残っている。人脈もない。昨日一緒に飲んでくれたやつらは、数少ない友達だったけど、俺が禁煙したので、もう会ってくれないかもしれない。ほかの悪友もそうだろう。そうなると会ってくれる友達は、もう両手で数え切れる範囲だ。

 資格なんかほとんど持っていない。昔プログラマーをやっていたときに初級シスアドという資格を取るには取ったが、食える資格ではない。せいぜい履歴書に書き込める程度だが、就職活動に次々と失敗しているのだから、企業から見て魅力的な資格ではないのだろう。ほかに競争相手がいて、ほかがまったく同じなら、決め手になるかもしれない――というぐらいのものなのだろう。

 職歴は、以前IT商事の社長に指摘されたとおりだ。長続きした仕事がなく、どれも職歴とは言いがたい。

 実績は禁煙だけ……。

 俺の部屋は東北向きで、夕方までは日が当たらない。電気を点けないと薄暗いけど、相変わらず散らかっているのは一目で分かる。いままでは良く分からなかったが、禁煙した鼻には、酒やタバコのにおいが立ち込めていることも分かる。ろくに掃除もしていなかったから、ところどころホコリが溜まっている。

 こんな部屋にいるから気がめいるんだ! 俺はとりあえず掃除をすることにした。今のままだと掃除機もかけられない。散らかっているものを片付けて、ゴミをまとめたら、45リットルのポリ袋4個分になった。

 都市伝説だと思われるかもしれないけど、机の上から存在自体を忘れていたノートPCが出てきた。恐る恐る電源を入れたら立ち上がった。OSは、すでに懐かしいWindows Me。

 掃除機をかけたら、途中でホコリを吸わなくなった。故障かと思って、いろいろといじっていたら、ふたがパカッと開いて、ホコリでパンパンになった紙パックがあった。なるほど、これを取り替えないとダメなんだな。掃除機が置いてあったあたりを探したら、交換用のパックがあった。新しいのに取り替えたら、また快調に吸い込み始めた。途中もう1回だけ取り替えることになった。窓ガラスも机も床もぴかぴかになるまで磨いた。

 西日が当たるころになって、ようやく人間らしい部屋になった。風呂に入り、簡単なつまみを作って、ビールを飲んだ。うまい! ビールってこんなにうまかったのか!

 それだけで満足だった。ウイスキーのボトルはなかったけど、買いに行く気にならなかった。そういえば、今日は1日パチスロに行っていない! これにはちょっと驚いた。

 少し元気が出てきた。

 でも、状況はあまり変わっていない……。とりあえず1日肉体労働をして疲れた。早いけど寝て、明日また考えることにしよう。

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