放射性廃棄物の受け入れはお金で解決できる?――マイケル・サンデル教授の「民主主義の逆襲」5000人が白熱した特別講義(4/6 ページ)

» 2012年06月06日 19時45分 公開
[上口翔子,Business Media 誠]

あなたの町で放射性廃棄物を受け入れる?――報奨金を知ったら賛成派が半減

サンデル スイスでは、長年に渡って原子力の放射製廃棄物処理場をどこに置こうか探していました。日本でも今、同様のことが問題になっていますよね。スイスでも同じです。どこの自治体でも、非常に危険性があることなので自分の裏庭では嫌だと思っていたわけです。

 そして1990年代に、スイスの議会では山の中の小さな町が一番安全だとして、候補先に決めました。しかしながら当然、町民の承認が必要でしたので、議会が承認を下す前に町民に対して調査を行いました。「もし議会が決定をして、処理場をあなたの町に置いたら、構いませんか?」と。すると51%の町民は「はい。構わない」と答えました。

 その後再び質問をしました。「この提案を受け入れる代償として町民1人1人に毎年6000ユーロという保証金を払います。そうすれば受け入れてもらえますか?」と。

 この質問に対して、どのくらいの人が「はい。構わない」と答えたと思いますか? ちょっと数字を叫んでみてください。70%ですか? 80%? 90%? 20%?

 ――実は下がったんです。報奨金が支払われると知ったとたんに「構わない」という人が51%から25%に、半分になってしまいました。標準的な経済論理からすると、これは逆説的な結果ですよね。ほとんどの経済学者はこう予測するはずです。「金銭的なインセンティブを与えれば、もっと受け入れてくれる人が増えるはずだ」と。当然そういう論理になります。ではなぜ、実際にはこうした結果になってしまったのでしょうか?

 その理由は何か、思い付く人はいませんか? どなたか説明してもらえませんか?

男性A お金が払われることで、危険性の認識が高まったのではないでしょうか。お金を払うと言われると、そこに対する報償や賠償があるという認識が自分の中に生まれてしまい、危険なものとして心の中に根付いてしまった。だから25%に下がったのだと思います。

サンデル 分かりました。それも1つ可能性のある理由ですよね。報奨金を払うならば町民の人たちは以前よりも本当に危険なのだと思ってしまう。そういう可能性もあります。ただ実際は、スイスの場合は違った理由からだったんです。というのも、事前に「どのくらいの危険性があると思いますか」という質問も町民にしていたんです。すると「リスクの推定については(報奨金の話が出る前も後も)ほとんど同じ」としました。つまり他の理由があったはずです。他に理由が思い付く人、どうぞ。

男性B 6000ユーロと金額を提示されると、もっとそれ以上価値があると思った。だから金額が出た時点で反対の人が増えたんじゃないでしょうか。

サンデル ただ、金額を提示する前、報奨金がゼロのときには賛成票が多かったのですよ?

男性B 政府が払うと言っているので、6000ユーロでは妥協しないという人が増えたんじゃないでしょうか。もっと言えばもっと払ってもらえると思う人が多かったということです。

サンデル 反対票を投じたのは交渉の戦術だったかもしれない、というわけですね。そういう可能性もあるかもしれません。他にはどうでしょう?

ミワコ 最初は善意というか共同体のために人肌脱ごうという気持ちでいたのが、値段を付けられて、おとしめられたような気持ちになったのだと思います。

サンデル お名前は? ミワコですね。今ミワコが面白いことを示唆してくれました。最初の質問のときには「自分の地域や国のために必要だから犠牲になろう」という責任感からでした。それがお金を払うことになれば、もう犠牲でも何でもなくなってしまいます。つまり「共通善」ではなく、お金のためにする堕落感が生まれてしまったのです。町民は全体のためになる犠牲は払うけども、お金のために家族を危険に晒したくないということですね。ありがとうございます。

 今示唆されていることは、標準的な経済理論、すなわち金銭的インセンティブは実際には複雑だということです。というのも、市民的責任感や愛国心、共通善に対してお金を受け取るのは、何だか賄賂を受け取る気持ちになるということです。

 そしてスイスの例ですが、一部の人に「何で気持ちを変えたのですか?」と聞くと、「賄賂なんかもらいたくない」「お金なんかいらない」という声が返ってきたんです。

金銭的インセンティブが賄賂になるとき

サンデル それでは、金銭的なインセンティブが賄賂と受け止められてしまうのはどのような時なのでしょうか。人々が持つ目的との関連性、スイスの場合は原子廃棄物処理場をどこに置くかでしたが、そこにお金という要素が入ると、ある他の価値観が閉め出されてしまいました。つまり態度や価値、規範は市場では図れない価値がある場合が多いということです。

 ここで別の例を挙げてみたいと思います。

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