だいたい世の中のほとんどは、すでにある「ターゲット」の改良であって、まったく新しいターゲットを作る話はなかなかありません。そのターゲットの一部に変更を加えるケースが多いのですが、ここで「説明」の必要が出てきます。今回は、科学研究費の申請書を例に説明します。
アイデアクラフト・開米瑞浩の「説明書を書く悩み解決相談室」第45回です!
先日、大学で医薬系の研究者をしている高校時代の友人A君と話をしていたところ、「科学研究費の申請書を書くのが難しくて、大変だよ」という話を聞きました。科学研究費、通称「科研費」という補助金を獲得するには、その研究がいかに「学術上重要な基礎的研究」であるかをアピールできなければなりません。それをどう書けばいいのか、毎回悩んでしまうそうです。
A君 開米さあ、説明書を書くような仕事してるんだったらちょっと何かアドバイスくれないか?
と言うので、本人が書いた申請書の事例をいくつか見せてもらいました。しかし、やはり学術の最先端の話は専門的で、私のような素人にはよく分かりません。ところが、何度か読み返しているうちに、共通のフレームワークにまとめられそうな手がかりが見えてきたのです。この手がかりは科学研究に限らず、ビジネス企画にも通じるところがありそう。そこで今回はその話を書くことにします。
まずは下記テキストを御覧ください。
【研究目的(概要)】
エンジンの出力を上げるために過給器を使う方法は以前から実用化されているが、従来は大型のエンジンにさらなる高出力を積み上げる用途が中心だった。そこで、本研究では小型エンジンに新方式のエッジスクロール機構と耐熱材料を採用したターボ過給器を搭載し、市街地走行時の燃費を改良できる制御アルゴリズムの開発を試みる。(152字)
「研究目的(概要)」というのは、科研費申請書の冒頭に書く部分で、文字通り概要のため、せいぜい300字分程度のスペースしかありません。実際の申請書ではこの後にさらに何ページも書く欄がありますが、それは本記事では扱いきれませんので省略します。なお、上記例文は本記事のために私が創作したフィクションです。「エッジスクロール機構」などという機構も実在しません。
というわけで実例ではありませんが、科研費の申請書に書かれているのはだいたいこういう感じの説明文である、という雰囲気はつかんでいただけると思います。
さて、ではこれをどうするかです。この種の例文をいくつか読んでいくうちに、私の脳内にあるイメージが出てきました。まずは、上記小型エンジンの事例を構造化したものがこれです。
「ターボ過給器」によって「小型エンジン」を「熱効率改善・ハイパワー化」できる。それができると、利用者にとっては「自動車の軽量化・燃費改良」という利益(ベネフィット)が得られる。そこで「ターボ過給器」による「熱効率改善・ハイパワー化」を実現するために必要なのが「耐熱材料」「エッジスクロール機構」「制御アルゴリズム」というわけです。次に、これを抽象化してみましょう。
先ほどの図を抽象化するとこんなフレームワークが組めます。
――というわけです。「ターゲット」と「マテリアル」の関係は別な言い方をすると「全体」と「部分」です。「エンジン」という全体を構成する一部分が「ターボ過給器」ですので、それぞれターゲットとマテリアルになります。
だいたい世の中のほとんどの研究やビジネス企画は、すでにある「ターゲット」の改良であって、まったく新しいターゲットを作るような話はなかなかありません。そして、すでにある「ターゲット」を改良するという場合、そのターゲット全体の一部に変更を加えるケースが多くなります。そこで、
のように認識できるわけです。ではそのマテリアルに対してどのような変化を加えるか、というとそれが2番目の図の要素1〜3であり、小型エンジンの事例では「エッジスクロール機構」などが該当します。その変化によって「ターゲット」に対して何らかの影響があるはずです。それが例えば「熱効率改善・ハイパワー化」であり、2番目の図では「ファンクション」と呼んでいます。
正直なところ、「ターゲット」「マテリアル」「ファンクション」というネーミングは自分でも少々物足りないところで、何かもっといい名前があったらぜひ教えてください。そして最後に「ベネフィット」です。最終的に「ターゲット」が利用者に対してどんなベネフィットを、利益を提供するのか――。ここを明らかにすることで、このフレームワークは完成します。
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