業務文書を書いていて悩むのが、「専門用語」の扱いです。今回は、そんな悩みを解決する比較的簡単な方法があるので紹介します。
アイデアクラフト・開米瑞浩の「説明書を書く悩み解決相談室」第44回です!
私は「文書作成能力」に関する研修をしている関係で、説明書・報告書・提案書などの業務文書を書く際に感じる「悩み」を聞くことがあります。そんな悩みの中でよくあるのが「専門用語」の扱い。例えば次のようなものがその代表的な例ですね。
「言い換え語不在」「解説困難」「長文化」という3つの悩みは専門用語がらみで苦労する典型的なポイントです。こういう悩みが出てくるぐらい、「専門用語」を使うのは難しいものなので、
といった指針を目にしたり、指導を受けたことのある人も珍しくないはずです。でも、専門用語を完全に避けて通るのも無理のある話で、専門用語をひたすら使わないようにしようとすると、たいていかえって分かりにくくなります。時と場合に応じて、必要な専門用語は使っていかなければなりません。
とはいえ、専門用語を使うことによる弊害というのは確かにあるので、それをどうやって防ぐかを考えましょう。まずはこんなケースを考えます。
ケース1 歯が痛くなったので歯医者に来ました。診察した医師は「ああ、これはう歯が出来てますね」と言いました。……ウシ? なにそれ?
「う歯」というのはいわゆる虫歯のことです。こういう場面では、素人に通じる言い換え語があるので、わざわざ「う歯」などという専門用語を使う意味がありません。たいていどんな歯医者さんでも「虫歯」と呼ぶはずです。
「う歯」を「虫歯」と言い換えるような“言い換え語”がある場合はそれを使えばいいのですが、ない場合は困ります。それが(1)の「言い換え語不在」の悩みですね。例えばこんなケースがあります。
ケース2 父親から「ノートパソコンが遅くてねえ」という相談を受けた某氏。見てみると原因が判明したので父親にこう説明した。「メモリが少ないから、増やせば速くなるはずだよ」すると父は「メモリってこれのこと?」とポケットからUSBメモリを出してきた。「え、えっと、それじゃなくて必要なのはDRAMという種類のメモリで……あ、えっと主記憶……いやいや」。父「ディーラム?? シュキオク??」
これは余計な専門用語を出してドツボにはまるパターンですね。「パソコンが遅い原因はメモリが少ないこと」と言われたとき、メモリと言えばUSBメモリしか知らない素人が誤解してしまうのは無理もないことです。かといってそれを「DRAM」や「主記憶装置」と読み変えても事態は改善しません。「虫歯」と違って「素人向きの言い換え語」がないのが問題です。「メインメモリ」というのが一番素人向きですが、それでも専門用語なのには変わりないでしょう。
「専門用語を説明しようとして、別な専門用語を使ってしまう」という罠にはまるケースは本当によくあります。これは(2)の「解説困難」にも通じるところで、かみ砕いて説明しようとするとかえって別な専門用語が必要になるわけです。
こういう場合、相手が目的を達成するために必要な情報は何か、という視点で考え直すと、適切な用語を選べることがあります。例えば上記「父のパソコン」のケースでは、父の目的は「パソコンが速く動くようにすること」であり、「コンピュータが動くしくみを勉強すること」ではないはずです。「パソコンが速く動くようにする」ためには電器屋に行って必要なメモリを買って増設できればいいので、「主記憶装置」などという用語を知る必要はありません。
要はここで求められるのは「電器屋の店員に注文を出せるようにするための情報」なので、電器屋用語を使うべきでしょう。例えばこんな方法が使えます。
例 メモ用紙に「増設メモリ(SSS1600L-4G)」と書いて父に渡し、「近所の○○電器でこれを買って、増設すればいいよ」と説明する。
「増設メモリ」というのは、この話を書くために某電器チェーンの通販サイトを調べたところ、通販サイトで使われていた用語。「主記憶用DRAMメモリ」はそのチェーンが「増設メモリ」と呼んでいるので、具体的な商品名までつけてやれば当人は理解しなくても買えるだろう――というわけです。もちろん、こういう対応をするのは手間がかかります。
という、ある意味「手取り足取り教えてあげる」やり方がこの方法なので、説明する側がかなり苦労することになります。しかしそれが必要な場合も確かにありますので、そのときは苦労をいとわず、やるべきでしょう。
ちなみに「書いて渡す」というのはそれだけでも効果があります。人が「自分の知らない専門用語を使われたときに感じるストレス、不安」というのは、書かれたものがあるとそれだけで軽くなるので「言い換え語不在」の専門用語を「口頭での説明」で使わなければいけない時は、基本が口頭説明だったとしても、できるだけ「メモして渡す」「白板に書いて、相手がメモできるようにする」などの対策を取るといいでしょう。
そして最後に残るのが(3)「長文化」の悩みです。専門用語をどうしても使う必要があり、その補足説明を入れながら説明文を書いていくとどうしても一文が長くなり、読みづらくなります。そこで使えるのが脚注として分離する方法です。同じ情報を3種類の違う方法で書いた例をお見せしましょう。
パソコン関係の用語で「メモリ」という場合、CPUなどのプロセッサーが直接アクセスできる、メインメモリともいう主記憶装置とUSBメモリとの2種類があります。
パソコン関係の用語で「メモリ」という場合、主記憶装置(CPUなどのプロセッサーが直接アクセスできるメモリ。メインメモリとも呼ぶ)とUSBメモリとの2種類があります。
パソコン関係の用語で「メモリ」という場合、主記憶装置(※)とUSBメモリとの2種類があります。
こんなふうに単にちょっとした補足説明部分を1、2やa、bのような番号をつけて脚注として追い出すだけなのですが、それだけでも主文を簡略化する効果があります。ワープロソフトなどでは専用の脚注機能もついていますが、別にそれを使わなくてもかまいません。重要なのは「主文と脚注を分離しておく」ことです。分離してあれば「主文が大事で、脚注は必要に応じて読めばいいんだな」ということで、読む際の集中力にメリハリをつけられます。さらに主文自体も短くなるので理解しやすくなるわけです。
これは専門用語を使う場合に比較的簡単な対策ですので、もしまだやっていなかったら、ぜひやってみてください。
当連載では、「分かりにくい説明書を改善したい」相談を歓迎しております。「改善案のヒントがほしい」例文があれば遠慮なく開米へお送りください(ask@ideacraft.jp)。今回のような連載での紹介は、許諾をいただいた場合のみ、必要に応じて内容を適宜編集したうえで行います。
当記事についてのご意見ご感想ご質問等は「twitter:@kmic67」宛でも受け付けております。中には記事では書ききれない情報もあります。物足りなく思った時はぜひ「twitter:@kmic67」宛に質問を飛ばしてみてください。
IT技術者の業務経験を通して「読解力・図解力」スキルの再教育の必要性を認識し、2003年からその著述・教育業務を開始。2008年は、「専門知識を教える技術」をメインテーマにして研修・コンサルティングを実施中。近著に『ITの専門知識を素人に教える技』、
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.