こんな例もある。
あるリーダーの話。普段、どうしても自分が話し過ぎてしまい、メンバーの話を聞くためにあまり時間を割いていないと反省していた。今以上にきちんとメンバーの話を落ち着いて聞こう! と決意して、傾聴に努めた。
メンバーがやって来て、愚痴とも悩み相談ともつかぬことをダラダラと話し始めた。いつもだったら、「こうしたらいいんじゃないの?」とすぐ自分なりの回答なりアドバイスなりを口にしてしまうのだが、「傾聴、傾聴」と自分に言い聞かせ、我慢強く聞いていたそうだ。
メンバーの話を聞いていたら、突然、その中のひとりがこう言った。
「あ、分かりました、問題点が。私が先方ともう一度話し合えばいいんですよね。そういうことですよねー。聞いてくださってありがとうございました。解決策が見つかった気がします」
さわやかな笑顔で去って行ったという。
リーダーは不思議に思った。「オレ、何もアドバイスしてないけど。ただ聞いていただけなのに、勝手に自己解決しちゃったみたい」
人は、自分の感情や悩み、困っていることを誰かに聞いてもらい、アドバイスやヒントがほしいと思うこともある。しかし、アドバイスなどもらえなくても、単に話しているだけで(相手が聞いてくれているだけで)スッキリすることがある。スッキリすることを「カタルシス」と言う。カタルシスが得られるだけではなく、話していると自分の頭の中にあるモヤモヤが「言語化」されるので、整理されてきて「何をすべきか」とか「どう考えて行動したらよいのか」といったことを客観的に考え直すこともできるようになる。
このメンバーも話すことで課題が明確になり、「解決の糸口が見つかりました!」といって明るく帰ったのだろう。がんばって答えを出したり、アドバイスしたりしなくても、ただ「聞く」だけで、相手の抱える何かを受け止めてあげたり、相手が解決するパワーを得る手助けが可能になるのだ。共感のための上手な表現が思いつかなくても、ただじっくりと耳を傾けていくことならその気になれば誰でもできるのではないだろうか。
グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー。
1986年上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで延べ3万人以上の人材育成に携わり27年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。
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