突然の異動、そして……:新人マネジャー田所晋一の場合(2/2 ページ)
新人マネジャーがいかにマネジメントに取り組むかを小説スタイルで解説する新連載「新人マネジャー田所晋一の場合」。ある日突然、異動とともに昇進を言い渡された主人公・田所晋一の物語が始まります。
「君なりの経験を、営業推進のメンバーにぶつければいいんじゃないのかな。『理屈はそうでも、顧客にはこんな事情がある、だからこんなことを求めている』。例えばそういう現場での体験からしか得ることのできない知恵をうまく示せれば、まずは専門性や情報を持つという点で、皆が君をリーダーとして認めてくれるようになるだろう」
「なるほど、経験からくる知恵で勝負するということですね」
「そう、ただし相手は年上だから、力ずくでねじ伏せようとしても駄目だ。いや、年には関係ないな、リーダーはまずはメンバーの知恵も生かそうとする姿勢が必要だ。何よりも私利私欲を捨て、誠実であること、真正面から仕事に、マネジメントに取り組むことじゃないかな。君の持つ人間的魅力をさらに磨くことで、結果的にリーダーシップも発揮できることになる」
このとき田所は、不安ではあるが、この新しい職務から逃げ出すわけにはいかないと強く思えた。大きかった不安は、杉浦に聞いてもらえただけでも、その解消にはなった。誠実であることがリーダーとして一番重要だという言葉も、自分に勇気を与えてくれた。
「ありがとうございます。少し元気がでてきました。やるしかないですし、やりますよ。でも、どうして会社はわざわざ僕にこんな難題を与えてくるんでしょうね、杉浦さんどう思います?」
もう一つの疑問を杉浦にぶつけてみた。「営業に置いとけば、それなりの売り上げをもってくるこの僕を、わざわざ違う部署に移すんですから」
難解な質問かなと不安を抱いた田所であったが、意外にも杉浦は即答した。
「組織というのはな、これといった人材には早めに修羅場を与えてより大きな成長を促そうとする、そういうものだからさ」
「修羅場か――。修羅場といえるものがどれくらいあったかな」
「そもそも人間にはある程度のストレスは必要で、そのストレスを解消しようとするとき、大きな成長が期待できるんだ。君の場合だと、このまま営業を続けるより、来期から課長として営業推進課をひっぱっていくほうが苦労が多いのは目に見えている」
「そのとおりです」
「だけどそういう苦労がまた人を成長させるんだ。俺のお客さんでもある社長が言ってたよ。意味のない人事異動はないってね。例えば年上の頑固者ばかりの課に、若い人間をリーダーとして配置するときは、そういう環境で一皮向けるだろうと期待する人間しか配属しない。誰でも良いというわけではない。気まぐれの人事でも、いじめの人事でもない、将来の真のリーダーとして成長してほしい、という会社のメッセージがそこにはある。君はそれに応えるだけの人材でもあるということさ」
田所は、杉浦の話に聞き入った。やはり、自分より長く組織に属している人の経験からくる言葉というのは重みがある。そう思いながら納得した。相談して良かったと思えた。
「ありがとうございます。修羅場を成長の場にするかしないのかは自分次第、そういうものでもありますよね」
杉浦は田所の言葉に、満足した顔でゆっくり大きくうなずくと、
「さすがは若きリーダー、飲み込みが早い。いずれにしても応援するよ、わが社の将来を背負えるように頑張ってくれ」
と言って、田所にグラスを持つようにうながし、自分のグラスを先に高くあげた。
「将来の社長誕生に、乾杯!」
今回出てきた「マネジメントのKey Words」
- リーダーが持つパワー
著者紹介 鳥谷陽一(とりや・よういち)
プライスウォーターハウスクーパースHRS ディレクター。金沢工業大学大学院 客員教授(組織人事マネジメント)。東京都立大学(現・首都大学東京)経済学部卒業後から一貫して、組織・人事戦略に関わるコンサルティングに従事。2000年までは産業能率大学において人材開発コンサルティング、マネジメント研修プログラムの開発、講師を担当。2001年からプライスウォーターハウスクーパースHRSにて人事制度全般のプロジェクトマネジメントの豊富な経験を積む。著書は『ミッション』(プレジデント社)、『新任マネジャーの行動学』(共著・日本経団連出版)など多数。
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