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» 2018年11月01日 09時00分 公開

熱きシニアたちの「転機」:障がい者が働く大繁盛の「チョコ工房」設立した元銀行マンの決意 (4/5)

[猪瀬聖,ITmedia]

「飛べ! 伊藤。飛ぶときは思いっきり飛べ」

 新しい職場に移って間もないころ、通勤電車の中で新聞を読んでいたら、ヤマト運輸の小倉昌男元会長の記事が目にとまった。経営の傾いたヤマトを立て直して得たお金のほとんどを注ぎ込んでヤマト福祉財団を創設し、障がい者の工賃を引き上げるためにベーカリーカフェ会社を立ち上げた話だった。「自分も障がい者のために起業してみたい」。心が激しく揺さぶられた。

 だが、決断には時間がかかった。安定的な組織の中で経験を積み重ねてきた伊藤さんにとって、脱サラは「正直、怖かった」。友人や知人も軒並み反対した。誰かに背中を押してもらいたい。思い切って、かつて仕事で世話になり深い信頼を寄せていた神戸市内の工務店の社長に、東京・新橋駅近くの公衆電話から電話した。社長はこう檄(げき)を飛ばした。「飛べ! 伊藤。飛ぶときは躊躇(ちゅうちょ)せず思いっきり飛べ」。独立を決意した瞬間だった。

 その夜、祥子さんにも思いを打ち明けた。祥子さんは「パパのやりたいようにすればいいんじゃない。もし食べていけなくなったら、田舎に引っ越して3人で農業でもしようよ」と決断を応援してくれた。こうして、15年間のサラリーマン生活にピリオドを打った。

 しかし、実際に起業するまでに、それからさらに10年を要した。障がい者を雇ってなおかつ彼らに正当な対価を支払える事業のアイデアがなかなか浮かばなかったためだ。その間は、不動産鑑定士の資格を生かし、不動産鑑定評価業務などの会社を設立して、障がい者達が働く会社設立の軍資金を貯めた。

 もんじゃ焼き店やラーメン店、カレー店など、アイデアは次々と浮かんだ。だが、リサーチすると、未経験の自分にはどれもうまくいきそうになかった。そんなある日、友人から経験豊富な起業のプロを紹介された。その人は伊藤さんにこうアドバイスした。「私なら第三次産業の飲食店ではなく、第二次産業の工場をやります」。

 確かに、小規模な飲食店では雇用できる障がい者の数は限られ、利益率も高くない。まさに目からうろこだった。では何の工場をやるか。考えを巡らせていた時、家族で出かけたショッピングの途中に見つけたチョコレート店の前で、祥子さんが言った。「パパはチョコレートが好きだから、チョコレート屋さんにしたら」。

phot 人気商品を取り揃えた「チョコレートアソート4種」は3780円(税込)
phot ショコラdeパンダ」は756円(税込)。

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