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» 2018年11月01日 09時00分 公開

熱きシニアたちの「転機」:障がい者が働く大繁盛の「チョコ工房」設立した元銀行マンの決意 (3/5)

[猪瀬聖,ITmedia]

「月給3000円」という現実にがく然

 数カ月後、花形である本店の融資部門に異動になった。出世を諦めていた伊藤さんは意気に感じ、以前にも増して仕事に打ち込んだ。しかし皮肉にも、息子との時間はますます減った。苦悩を深めた伊藤さんは、35歳の誕生日を前に退職を決意した。

 日本格付研究所に転職し、アナリストとして新たなキャリアを歩み始めた。銀行時代より早く帰宅できるようになり、毎日、3人そろって夕食をとり、夕食後はトランプをして遊んだ。「とても幸せだった」と伊藤さんは振り返る。

 ところが、またしても伊藤さんの人生を変える“事件”が起きる。7歳になった息子は、「幸運にも」(伊藤さん)、高校卒業まで手厚い一貫教育が受けられる、国立大学付属養護学校(当時)の小学部に入学できた。しかし、入学早々の父親参観日に、担任の先生が伊藤さんに話して聞かせたのは、残酷な現実だった。「高校を卒業しても就職は難しい。福祉事業所に入れても、空き缶を足でつぶすなどの作業で得られる月給は3000円です」。

 がくぜんとした伊藤さんは、それなら自分が稼げるだけ稼いで財産を残すしか息子が生きる道はないと、とっさに判断。高給が期待できる世界的な格付け機関、米ムーディーズの日本法人に転職しアナリストとしても腕を磨こうと思った。

phot チョコレートの塊を溶かし、きめ細やかになるように混ぜる「テンパリング作業」やアイシングクッキー作りなど幅広くチャレンジ
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