――ABWは確かに魅力的ですが、小規模の会社の場合、多くの場所を用意するのは困難です。いわゆる中小企業でも始められることはどんなことなのでしょうか?
確かに小さな規模の会社では、オフィス環境のリソースが限られている場合が多いですね。私は、ABWのポイントは「物理的な環境」、IT環境などの「テクノロジー」、社員の「行動」の3つがあると言いました。多くの企業では、物理的環境もIT環境も十分には整っていないでしょう。しかし、3つ目の「行動」を変えることは、たとえお金がなくても可能です。行動を変えるには、今までの働き方をきちんと振り返ることと、マネジメントの仕方を変える必要があると思います。
――マネジメントの仕方を変える際のポイントは何でしょうか?
大前提として、自分たちがなぜ働き方を変える必要があるのかを、一人一人が考えなければならないでしょう。そうすることで、日頃どのように働いているのかを振り返ることができます。
日頃の働き方を振り返ったとき、個人が集中する必要のある作業がどのくらいあるのか、小さなグループで活動をする必要があるのか、大人数で話し合う必要があるのか、状況はさまざまでしょう。働き方を変える意義が分かってくれば、現状のオフィスがそれらの活動をどのようにサポートできているのかが見えてきます。
リラックスするスペースも実は重要です。ただ、そもそもマネジャーがリラックスしてもいいという方針を部下に出していなければ、リラックススペースを作ったとしてもお金のムダになってしまいます。このように社員の行動と働くスペースは密接に関連しているのです。だから、働き方をなぜ変えなければならないのかが明確になっていなければ、スペースを作ったり変えたりしても無意味なのです。そのようなスペースを使うことをマネジャーが許さなかったり、使う勇気を持てなかったりすると、お金だけがムダになるという事態が発生するのです。
――その意味では、マネジャーの意識の持ち方が重要ということですね。
はい。マネジャーのマインドが変わらないと成功しません。意識を変えることが全ての肝ですね。先ほども申し上げましたが、上司と部下の信頼関係が重要なのです。会社の外で働いていても、その社員がきちんと仕事をしていると信じられるかどうかです。
例えば、多くの営業職はオフィスの外で働いていますね。営業部のマネジャーはメンバーが自分の目の届かない場所で働いていても、「客のところできっと仕事をしている」と思うでしょう。多くの営業職には「信頼関係」がすでにあるということが分かります。
一方で、内勤のメンバーについてはそうでもないという現実があります。なぜ経理やマーケティング、カスタマーサービスの社員はオフィスの外で働けないのでしょうか? 営業のメンバーと同様に内勤の社員も、マネジャーの目の届かない場所で働けるはずなのです。そうした信頼関係を結ぶことが重要で、働くことへの意識を変えなければなりません。
――私も信頼関係を結ぶことは非常に重要だと思います。一方で、日本の雇用慣行の中では信頼関係を構築するのが難しいという現実もあります。マネジャーと部下はいかにして信頼関係を結ぶことができるのでしょうか?
上司と部下が信頼関係を構築することは、日本に限らず全世界でも課題だと思います。なぜなら信頼関係というものは訓練によって構築することができないからです。信頼関係を作るためのトレーニングプログラムは存在しません。
一般的に、信頼関係を構築するには7〜8カ月ほど掛かるといわれていますが、崩れるのは一瞬です。信頼関係をコントロールしようとするのは難しく、一歩一歩、構築していかざるを得ないのです。
信頼の要素として「reliability(確実性)」という考え方があります。上司が求めたものを毎回きちんと成し遂げることや、約束を果たすこと、ミスをしてしまったときにそのことを取り戻そうと努力することによって信頼が築けるのです。
だからマネジャーは、部下とのコミュニケーションの手段をきちんと持つことが重要でしょう。部下が何に困っているのか、何を必要としているのかを把握する必要があります。部下へのフィードバックの時間を定期的に持つといったコミュニケーションの取り方が望ましいでしょう。繰り返しますが、信頼関係は毎日少しずつの習慣で築いていくものです。大きなイベントによって一気に築けるものではありません。
――日本では、「最近の若い奴は」という発言が役員会などでよく出てくると聞きます。本来、マネジャーは部下を育てるために存在するはずですが、どうすればこのような状況を変えることができるのでしょうか?
マネジャーが部下のことに関心を持っていないとしたら、それは問題です。ABWをどうするか以前に、こうしたそもそもの価値観や考え方を変えないと、日本の働き方は変わらないように思われます。
ただ、「最近の若い奴は」という発言は日本だけでなく、実は海外でも昔から繰り返しされています。こうした問題を解決するために必要なのは、世代を超えてオープンに議論することではないでしょうか。
2週間前シンガポールでこんなことがありました。ミレニアル世代を集めたシンポジウムに参加したとき、彼らが普段の生活の中で何を大切にしているのかを話していました。するとミレニアル世代が大切にしているものは「家族」だったのです。一方もっと上の世代は、ミレニアル世代に対して、「あいつらは働いていない」「いつも携帯電話を触ってゲームをしている」といった固定観念を持ってました。
ですが、よく話を聞いてみると、ミレニアル世代も上の世代と同じように、家族との暮らしを大切にしていたり、自分たちの親を誇りに思っていたりという「共通点」があったのです。また、彼らが携帯電話を触っているのも単にゲームをしているわけではなく、Facebookで顧客の情報を見てマーケティングをしていたり、営業をしやすくしようとしていたり、仕事のツールとして使っていることも分かりました。
このように、議論をすることで、スマートフォンを使って遊んでいるという思い込みも払拭されたのです。オープンな会話をしていないと、ディスコミュニケーションや意見の食い違いが起こります。議論をして、「親を大切にする」など、価値観の共通点を築いていくことが大事なのです。
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