――確かに、本書では「超・長時間労働」をすると健康面などでリスクが高まるのにもかかわらず幸福感が増してしまい、それで残業を続けてしまう“残業まひ”の実態が数値データから示されています。残業が仕事のできる人に集まりすぎる、残業が若いうちに身に付いた人は他の職場に移っても部下に強いてしまうなど、残業が悪化していく「集中」「感染」「遺伝」といったプロセスも明らかにしています。ただ、「特定のブラック企業が残業を強いている」といったマスコミによる悪者を探してたたく論調とは違い、個人、組織、社会風土とかなり複合的な要因が挙げられています。
中原: 残業問題は組織的要因も個人的要因もあります。国レベルも、職場レベルの問題もあるものです。問題が“入れ子”状態になっている。悪者探しをして、上司やブラック企業とか1つ1つの要因を指さしても絶対に解決はしません。(上述のように)残業には雇用調整をしなくて済むといった良い部分もありました。本書では悪者探しをせず、多角的に捉えようとしました。
また、残業に関しては働き方、職場、上司、組織といった問題がありますが、従来の多くの言説では「仕事のできない人がいるから悪い」「仕事の効率が悪い」といった個人の問題になりやすかったのです。「個人が勇気を出して帰ればいい」といったものです。
しかし、研究の結果明らかになったのは、個人の要因が(残業の発生に)関係あることはほとんどない、ということです。上司や組織の雰囲気、給与などが重要であって、働いている個人の要因は乏しい。だから、「早く帰れ」「お前(個々の従業員)が悪い」と言ってもダメでしょう。
――確かに本書でも「『残業に決定的に影響する個人の志向性や仕事意識』は発見できなかった」としています。一方で意外だったのが、「『生活のために残業代が欠かせない』と思っている人の方が、そうでない人よりもより長く残業をしている」という調査結果です。実は労働者個人が残業代に生活費を依存しているということなのですね。
中原: 調査の結果、残業において個人の問題としていえるのはこの残業代くらいでした。生活給としての残業代を頼りにしていることは、労働者が組織の中で声を大にして言えないものです。(調査で明らかになった残業代の平均額である)3.91万円はお父さんの月の小遣いくらいの金額です。そのために働いているとは言えないので、仕事のためだとみんな言っているのでしょう。
――残業時間が短い人であっても、家事・育児の時間に費やしている女性とは対照的に男性はそれらの時間に振り分けておらず、テレビを見るといった行動にでているという、パーソル総合研究所の研究員による調査結果も衝撃的でした。
中原: 家事や育児をしたくないから残業するという男性は結構な確率でいるでしょう。夫が家に帰っても(家事を分担せず)テレビを見てしまうと、女性は絶望します。いわゆる(終業後も帰宅せず居酒屋に行ったりしている)“フラリーマン”も最近は聞きますね。
私たちの研究では、「すべては学習されたもの」という立場に立っています。例えば家庭では夫婦の役割分業が確立してしまい、夫抜きでも家事が成り立つようになってしまっている。それが問題なのです。残業問題は家庭の問題でもあります。子育てに父親の参加が必要と言うことは散々言われてきましたが、働き方の問題を改善しないとうまくはいかないでしょう。
これはデータのない仮説ですが、中高年男性は家庭でやることを「再学習」できないのかもしれません。本人は50歳くらいで会社での(仕事上の)成功体験が既にあるけれども、早く帰宅しても家庭に居場所が無い。妻にとっては夫のご飯を早く作るのが大変だとか、夫は子供と関係構築を再びするのが大変なのかもしれない。家庭での絆が無いのです。
そして長時間労働をすればするほど、夫婦や親子の会話の時間は無くなっていきます。家庭でも仕事でもない地縁、趣味などの縁も無くなる。孤独になる。だからこそ、中高年男性は(残業減らしに)頑強に抵抗するのかもしれません。ある意味犠牲者なのでしょう。
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