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インタビュー
» 2019年02月15日 07時15分 公開

ランニングにハマっていった女性たち:「東京マラソンの仕掛け人」に聞く“ブームの作り方” (1/5)

東京マラソンに構想段階から携わり続け、日本のランニングシーンを作り上げてきた早野忠昭氏に、マラソンブームをいかにして生み出したのかを聞いた。

[瀬川泰祐,ITmedia]

 3月3日に開催を控えた「東京マラソン2019」。東京マラソン財団によれば、その経済波及効果は284.2億円と、国内有数のイベントに発展した。その東京マラソンに、構想段階から携わり続け、日本のランニングシーンを作り上げてきた男がいる。東京マラソンのレースディレクター、早野忠昭氏だ。

 東京マラソンをきっかけにして始まったとされるマラソンブームは、どのようにして全国に広がっていったのか。そして、今後のマラソン界を占う新たな動き「JAAF RunLink」(以下、RunLink)とは、どのような取り組みなのか。RunLinkチーフオフィサーでもある早野氏に話を聞いた。

phot 早野 忠昭(はやの・ただあき)/JAAF RunLink チーフオフィサー。1958年生まれ。長崎県出身。高校3年時に、全国高校総体男子800m優勝。筑波大学体育専門学群を卒業後、高校教諭を経て渡米。アシックスやニシ・スポーツを経て、2006年から東京マラソン事務局広報部部長、10年東京マラソン財団事務局長に就任。12年より東京マラソン財団事業担当局長・レースディレクター、スポーツレガシー事業運営委員長としても活躍中(撮影:瀬川泰祐)

課題解決の可能性を示した東京マラソン

 「ニューヨークもある、ロンドンもあるのに、何で東京はエリートのレースしかないんだ?」

 正確な言葉は定かではないが、当時の石原慎太郎都知事のこのような一言で、東京マラソンの構想はスタートした。結果的に、国内外から3万人以上のランナーが集まっただけでなく、1万人のボランティア、さらに沿道の観客やエキスポ(EXPO)の観衆など、百数十万人を集めるイベントとして、大きな成功を収める。この成功に触発され、全国主要都市の自治体で、雨後の筍(たけのこ)のように都市型市民マラソンが次々と開催された。東京マラソンがマラソンブームの火付け役といわれる所以(ゆえん)である。

 また、市民マラソンが急増した2010年前後は、日本社会が大きく人口減少に転じ、自治体によるシティープロモーションの必要性が高まった時期だ。地域の新たな観光資源の発掘や観光ニーズの掘り起こし、そして、地域内外における交流人口の増加を課題としていた自治体は、それらの解決策の一つとして、マラソン大会に着目した。

 また、08年4月には、厚生労働省の省令により、公的医療保険に加入している40歳から74歳までの全員に、いわゆるメタボ健診を実施する「特定健診・特定保健指導」が開始された。すると、健康のために運動を始める人々が急増し、世の中の関心が徐々にスポーツに向き始めた時期でもあった。こうして、市民マラソンへの関心が高まり、大小のマラソン大会が、日本全国で開催されるようになっていった。

ランナーを急増させた「卓越した戦略」

 そんな時代背景や消費者の心理を巧みに把握しながら、コミュニケーションを図っていたのが、冒頭で紹介した早野氏だ。東京マラソンが始まる2年前の05年ごろから、ランナーを増加させるために、女性をメインターゲットに据えたマーケティング戦略を進めていた。早野氏は当時をこのように振り返る。

 「流行をリードするのは大体女性ですからね。女性雑誌と組んで、“走る女性は美しい”というメッセージを打ち出しました。また、『北青山ランニングクラブ』という、いかにもオシャレな名前をつけた団体の立ち上げに携わって、メディア露出を増やしたりもました。週末の1日は青山や代々木公園で走って汗を流して、オシャレをして、お昼を食べて帰るっていうライフスタイルを提案してね。すると、ランニングスカートとか、音楽を聞きながら走るとか、それぞれのランニングスタイルが生まれていきました」

phot 経済波及効果は284.2億円(出典:東京マラソン財団のWebサイト「東京マラソン2017の経済波及効果」)
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