#SHIFT

“ゴーン予備軍”は存在する――「怪物」を生まないためにゴーン報道の第一人者が語る【後編】(1/2 ページ)

» 2019年04月11日 06時00分 公開

 日産自動車のカルロス・ゴーン前会長を巡る事件報道が再び過熱している。4度にわたる逮捕劇に加え、記者会見を阻まれたゴーン前会長本人が無実を主張している動画を弁護団が公開するなど、劇場型の展開が続く。

photo 「怪物」を生まないためには何が必要か?

 日産や検察、弁護側のリークとみられる情報が錯綜する一方で、問題を単なる同社の“お家騒動”に終わらせず、「ゴーンとは一体、何者だったのか」と問う言説が現れ始めた。朝日新聞記者時代から長年にわたり日産とゴーン氏を追い続け、『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(文藝春秋社)を2月に上梓した井上久男氏も警鐘を鳴らす1人だ。

 前編記事(「ゴーンという『怪物』を生んだのは誰か 日産“権力闘争史”から斬る」)では、ゴーン前会長の登場前から「独裁者」が現れ、派閥抗争を繰り広げてきた日産の歴史をひもとき、“怪物”を生み出した土壌について指摘した。後編では、ゴーン前会長に何度も単独インタビューをしてきた井上氏に、希代のカリスマの実像とゴーン事件が日本社会に残す問題について直撃した。

photo 井上久男(いのうえ・ひさお)1964年生まれ。88年九州大卒。朝日新聞社の名古屋、東京、大阪の経済部で主に自動車と電機を担当。2004年朝日新聞社を選択定年。05年大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。主な著書は『トヨタ愚直なる人づくり』(ダイヤモンド社)、『メイドインジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『会社に頼らないで一生働き続ける技術』(プレジデント社)、『自動車会社が消える日』(文藝春秋社)。カルロス・ゴーン氏の功罪を振り返りながら今回の事件の背景と本質に迫った企業ノンフィクション『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(文藝春秋社)

「お金をつくる経営者」だった

――井上さんは2007年と18年にゴーン前会長に単独インタビューをしています。ゴーン前会長はやはりカリスマ性や魅力を感じる人物にも見えますが、実際の印象はどのようなものでしたか。

井上: メディア対応がうまい人ですね。30〜40分くらいの取材で原稿が何本も書けるくらいでした。想定問答が用意されていなくても、自分の頭で考えたことをビシッとしゃべれる。メディアには有難い人物です。

 彼は「プロの経営者というものは複雑なことをシンプルに説明できる」ということをモットーにしていました。若い時から経営者を務め、メディアや株主、従業員といったステークホルダー(利害関係者)に対して、どのように説明すれば理解してもらえるかを考え、自分なりに訓練してきたし、分かりやすく伝える才能もあるのだと思います。

――来日以来、何度もインタビューをされていますが、彼と直に接して印象が変わったことはありますか。

井上: メディアに対してのしゃべり方、考え方は(日本に)来た時から変わっていないと思います。「ああ言えばこう言う」というのがうまいところもあるし、逆に自分が反論できないと思うと「私は自信がないです」というような発言をしてしまう。

 07年にゴーン氏が来日以来、初の減益になり、全国行脚して日産の関係者に取材をして、長いレポート記事を書いたのですが、その時のインタビューでは「経営者も良い時と悪い時がある。私だって自信がない時はありますよ」と言っていました。率直に認めてしまうところもある。ちょっと憎めないところ、愛嬌もあるんですね。ただそれは表の顔であって、もう一つの「裏の顔」があったということでもあります。

 ともかく、メディアは大事にする人でした。スケジュールさえ合えばきちんとインタビューも受けてくれた。雑誌でボコボコに批判する記事を書いたらゴーンさんはカンカンに怒りましたが、ちょっと間を空けると取材を受けてくれましたよ。「I know your face(あなたの顔を覚えている)、今日も悪い記事か」と。メディアにどう描かれているかを常に気にしていました。

――独裁者のイメージとは裏腹に、意外と人目も気にしていたんですね。

井上: 外の目は気にしているんだと思います。だから(有価証券報告書の虚偽記載容疑で立件された役員報酬の)「10億円」問題になった。

 TVのワイドショーなどでは「10億円ももらって」と言われますが、普通のグローバルな感覚のあるビジネスマンなら、(ゴーン前会長のような経営者が)10億円を超える報酬をもらうのは気にしないかもしれません。でも、ゴーンさんは気にしていた。一方で「自分の価値はもっとある」とも思っていた。だからそれが虚偽記載という形になってしまったのかもしれません。

 また、特にフランスでは社会主義的な色彩が強く、企業トップの給料はあまり高くないため、フランスでどう見られているのかも気にしていたと思います。

――ゴーン前会長のマスコミ対応のうまさに加え、日本社会の世論の流れもあって本質的な批判がメディアからあまりなされなかった印象もあります

井上: 自動車業界はメディアのスポンサーという点もあります。また、ゴーンさんの「痛みを伴う改革」というのがちょうど、小泉純一郎首相(当時)による構造改革と相まって肯定的に評価されていました。02年には企業改革に手腕を発揮した経営者として、小泉さんから直接表彰も受けています。

 多面的に見てゴーンさんのやったことには良いところも悪いところもあった。ただ、1999年〜2005年の短期間での日産再生は、彼なくしてはできなかったのは事実だと思います。

――やはり、前編記事でも指摘していた通り、ゴーン前会長の能力の本質は「救急救命医」であり、企業を持続的に成長させる仕事には向いていなかったということでもあるのですね。

井上: ブランドというものは一朝一夕にはできません。例えば、顧客が「この車がほしい」と思うかどうかは、単に値段の安さや性能を上げれば良いわけではないのです。販売店による人間関係など、あらゆる企業としての総合力がブランド作りには問われる。そういう意味で、持続的に腰を据えて良い車を作り、顧客に評価してもらう点については、ゴーンさんは苦手だったと思います。

 自動車メーカーは車がヒットすればもうかりますし、給料も高額な会社が多いのです。そんなイメージから、自動車メーカーは「お金をつくっている会社」とも言われます。ゴーンさんはまさしく、「お金をつくる経営者」だったと思います。

 企業経営において、お金は大事です。でも、自動車は住宅に次ぐ高価な買い物です。メーカーのブランドや商品の良さを本当に信用しないと、客は自分のお金でわざわざ買わないと思います。ゴーンさんはお金をつくるのはうまかった一方、良い車作りは苦手だったのかもしれません。

 米フォード社が車の大量生産を始めてから100年以上たちます。自動車とは毎年事故で死者を出したり排ガスを出したりと社会にマイナスな影響も与えていますが、それでも社会に受け入れられているのは利便性に加え、車産業自体が社会を豊かにしている部分もあるからです。

 自動車メーカーで働く従業員や、サプライヤーも含めて工場がある地域を豊かにする。面白い商品が出たら(消費者を)楽しませ、話題にもなる。そういったプラスの面もあって受け入れられてきた。しかし、ゴーンさんは従業員や地域を豊かにすることよりも、利益をたくさん生んで配当を出し、株主から評価されてきた、やはり「お金をつくる」経営者だったのです。

photo ブランド作りには、販売店による人間関係など企業としての総合力が問われる(写真提供:ゲッティイメージズ)
       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.