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“ゴーン予備軍”は存在する――「怪物」を生まないためにゴーン報道の第一人者が語る【後編】(2/4 ページ)

» 2019年04月11日 06時00分 公開

「お金をつくる経営者」だった

――独裁者のイメージとは裏腹に、意外と人目も気にしていたんですね。

井上: 外の目は気にしているんだと思います。だから(有価証券報告書の虚偽記載容疑で立件された役員報酬の)「10億円」問題になった。

 TVのワイドショーなどでは「10億円ももらって」と言われますが、普通のグローバルな感覚のあるビジネスマンなら、(ゴーン前会長のような経営者が)10億円を超える報酬をもらうのは気にしないかもしれません。でも、ゴーンさんは気にしていた。一方で「自分の価値はもっとある」とも思っていた。だからそれが虚偽記載という形になってしまったのかもしれません。

 また、特にフランスでは社会主義的な色彩が強く、企業トップの給料はあまり高くないため、フランスでどう見られているのかも気にしていたと思います。

――ゴーン前会長のマスコミ対応のうまさに加え、日本社会の世論の流れもあって本質的な批判がメディアからあまりなされなかった印象もあります

井上: 自動車業界はメディアのスポンサーという点もあります。また、ゴーンさんの「痛みを伴う改革」というのがちょうど、小泉純一郎首相(当時)による構造改革と相まって肯定的に評価されていました。02年には企業改革に手腕を発揮した経営者として、小泉さんから直接表彰も受けています。

 多面的に見てゴーンさんのやったことには良いところも悪いところもあった。ただ、1999年〜2005年の短期間での日産再生は、彼なくしてはできなかったのは事実だと思います。

――やはり、前編記事でも指摘していた通り、ゴーン前会長の能力の本質は「救急救命医」であり、企業を持続的に成長させる仕事には向いていなかったということでもあるのですね。

井上: ブランドというものは一朝一夕にはできません。例えば、顧客が「この車がほしい」と思うかどうかは、単に値段の安さや性能を上げれば良いわけではないのです。販売店による人間関係など、あらゆる企業としての総合力がブランド作りには問われる。そういう意味で、持続的に腰を据えて良い車を作り、顧客に評価してもらう点については、ゴーンさんは苦手だったと思います。

 自動車メーカーは車がヒットすればもうかりますし、給料も高額な会社が多いのです。そんなイメージから、自動車メーカーは「お金をつくっている会社」とも言われます。ゴーンさんはまさしく、「お金をつくる経営者」だったと思います。

 企業経営において、お金は大事です。でも、自動車は住宅に次ぐ高価な買い物です。メーカーのブランドや商品の良さを本当に信用しないと、客は自分のお金でわざわざ買わないと思います。ゴーンさんはお金をつくるのはうまかった一方、良い車作りは苦手だったのかもしれません。

 米フォード社が車の大量生産を始めてから100年以上たちます。自動車とは毎年事故で死者を出したり排ガスを出したりと社会にマイナスな影響も与えていますが、それでも社会に受け入れられているのは利便性に加え、車産業自体が社会を豊かにしている部分もあるからです。

 自動車メーカーで働く従業員や、サプライヤーも含めて工場がある地域を豊かにする。面白い商品が出たら(消費者を)楽しませ、話題にもなる。そういったプラスの面もあって受け入れられてきた。しかし、ゴーンさんは従業員や地域を豊かにすることよりも、利益をたくさん生んで配当を出し、株主から評価されてきた、やはり「お金をつくる」経営者だったのです。

photo ブランド作りには、販売店による人間関係など企業としての総合力が問われる(写真提供:ゲッティイメージズ)

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