――日本の財界からは、ゴーン前会長が寄付をあまりしなかったという点でも、やはり「お金」絡みの批判が挙がっているようです。
井上: 自分のポケットマネーで寄付をするという感じではあまりなかったようですね。企業の創業者で、キャピタルゲイン(株式などの売買差益)によって生涯使い切れないほどのお金を持っている人が、教育事業などに寄付するケースはよくあります。例えば日本電産創業者の永守重信さんは、エンジニア教育を強化するため大学に私財を投じています。
ただ、ゴーンさんは創業者ではないので、財団を作ったりするほどのお金は持っていなかったのではないでしょうか。また、身銭を切るタイプでもなかったのではないかと思われます。複数の国で多民族・多言語の中で生活する中で、「信頼できるのはお金」と、執着する気持ちが強くなったのかもしれません。
――今回の一連の事件は、果たして日産社内の単なる「お家騒動」や「クーデター」としてとどめていい問題には思えません。日本の多くの会社組織でも起こり得る話のように感じます。
井上: トップへの忖度(そんたく)は権力を腐らせる危険があり、モンスターを生みかねないというのが教訓です。そして、日産で起きたことは他の日本企業、社会全体で起きるかもしれない。実際に「ゴーン予備軍」がいるとみられる会社もあります。
20年以上、上場企業で経営トップとして利益を出し、メディアにも持ち上げられてきました。でも、それでも本当にその経営者がまっとうな経営をやっているかどうかはやはりチェックされるべきなのです。
(粉飾決算事件で有罪となった)オリンパスの菊川剛元社長もメディアから褒められていましたが、ふたを開けたらひどいことをやっていた。(利益のかさ上げが問題になった)東芝の故・西田厚聰元会長だって褒められていたのです。本当に経営者が何をやっているのか、メディアは見極める必要がある。
いち市民・いち消費者も、自分の勤めている会社や組織が本当に大丈夫なのかどうか、疑問に思う力が必要だと感じます。
――納得できる一方、給料や人事権といった“生殺与奪”を経営者に握られているサラリーマンには、ちょっと難しい姿勢であるとも感じます……。
井上: これは個人の働き方ともかかわりますが、自分が専門性のある「プロ」になることで、今の会社で滅私奉公しなくてもよそで(自分の能力を)買ってくれるところがあるような人間になることが大事ではないでしょうか。たとえ組織に意見した結果、粗末に扱われてもよそに行けるわけですから。
今の勤務先の価値観にどっぷり漬からず、自分の人生観をきちんと持っている人が社員にいれば、こういう問題は起こらないと私は思うのです。今は経済が縮小していて再就職はしづらい、あるいは長いものに巻かれろという考え方もありますが、自分を磨いてさえいれば、拾ってくれる人はきっと出てくるものではないでしょうか。
ならば、組織の“モンスター”なんて怖くないのです。企業のトップがモンスターでも、せいぜいやれるのは左遷して冷や飯を食わせるくらい。でも、日産の西川広人社長たちはゴーンさんと差し違える覚悟が無かったのですが。
私も40歳で会社(朝日新聞社)を辞めました。サラリーマンというのは楽な部分もありますが、定年後に「本当に自分の人生がハッピーなのか」とも、思えてしまったのですね。
――本書でも必ずしも日産の中で上におもねるばかりでなく、衝突したり社外に飛び出したりした人も登場します。
井上: 確かに、日産にもそういう人はいました。ゴーンさんにたてついた人も、ケンカした訳ではないけれど、外に出て成功した人もいます。そういった人々はプロ意識が高い。会社ではなく、あくまで自分の「専門性」に属している。そんな人が増えれば、“モンスター”は生まれにくくなるのです。
組織の中には、コンセンサスや忖度(そんたく)をいい意味でしない人が、「かく乱要因」として一定数いないといけない。そうでないと、本当の意味での組織の多様性が無くなってしまうのです。
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