私が吉岡さんと出会った7年前、彼は今の一軒家とは異なり、貧困層が集まるスラムで暮らしていた。その民家は妻、ロナさんの自宅で、コンクリートブロックを積み上げた壁に、トタン屋根を張り合わせただけの家屋だった。広さは約30平方メートル。そこでの生活は井戸水をくむことから始まった。自宅に水道が敷かれていないためだ。
「ガッチャ、ガッチャ、ガッチャ……」
井戸のポンプが上下する一定のリズム音が早朝の静けさの中に響き渡り、がたいの大きい吉岡さんは、慣れた手つきで井戸水をくみ上げる。バケツ2杯分を満たしたら自宅へ戻り、くみたての水を手にして顔をサッとひと洗い。
続いて朝ご飯の支度。前日の残りの冷や飯を鍋から皿に盛り、鍋を洗う。そしてコメと井戸水を鍋に入れ、裏庭で七輪の上に載せてたばこを一服。鶏が勢いよく鳴く声がそろそろ辺りから聞こえる。タバコを吸い終わった吉岡さんは、外に生えている香草を抜き取り、小さく折り畳んで鍋の中へ入れた。
「この香草とお酢を入れて一緒に炊くと、質の悪いコメでもおいしいコメに化けるんです」
そう得意げに説明する吉岡さんの朝はとにかく忙しい。
コメが炊きあがるまでの間、近くの雑貨屋へ卵などの買い出し。自宅に戻ると、外に生い茂っている雑草の中で、吉岡さんは腰をかがめて両手をもそもそと動かしていた。尋ねてみると、吉岡さんの声が向こうから聞こえた。
「芋の葉っぱを取っています」
燦燦(さんさん)と降り注ぐ朝日を背に浴びながら、吉岡さんが芋の葉を摘(つ)んでいる姿は原始的で、遠くからだと人類に似た野生動物のように思われた。
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