インタビュー
» 2019年06月04日 05時15分 公開

“クビ”の先に見えた光景:「戦力外通告」の末路――元千葉ロッテ・荻野忠寛のライフ・シフト (2/5)

[瀬川泰祐,ITmedia]

尊敬する名投手の引退試合で壊れた体

 荻野がいまも尊敬してやまない名投手・小宮山悟氏の引退試合となった09年10月6日。荻野は、当時の指揮官であったボビー・バレンタイン監督に、8回からマウンドに立つことを命じられる。

 『小宮山へのバトンはお前がつなげ』

 そう言われたわけではないが、荻野は指揮官からの無言のメッセージを受けてマウンドに向かった。

 だが、皮肉にも、3年連続で50試合以上も投げ続けてきた荻野の肘は、この大事な試合で悲鳴をあげてしまう。連日の投球によって、右ひじが大きく腫れ上がってしまっていたのだ。これ以上投げられないことを指揮官に伝えた。

 「これは僕が勝手に思っているだけですけど、小宮山さんの引退試合は、僕にとっても引退試合みたいなものでした。シーズン最後のホームゲームで、あの試合以降は満足に投げられなくなってしまいましたから。

 試合後には肘が大きく腫れてしまい、ジンジンと痛む中で、小宮山さんの引退セレモニーを聞いたのを覚えています。しかも、後日ボビー・バレンタイン監督が僕のところに来て『こんなになるまで登板させてしまって悪かった』と言いに来ました。監督はシーズン中、常に僕の投球数を気にしながら、連投にならないように起用してくれていましたので、改めて大切に扱ってもらっていたと感じました」

 華やかなプロの世界への憧憬、尊敬する先輩へのはなむけができなかった無念さ、監督への感謝、そして怪我に対する後悔。10年近く経(た)ったいまでも荻野の心には、さまざまな感情が交錯している。

phot

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