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映画製作現場で“残業”を160時間削減 「監督秘書」の仕事術とは有名スクリプターに聞く(1/3 ページ)

» 2019年07月08日 08時15分 公開
[後藤治ITmedia]

 1本の映画が出来上がるまでには非常に多くの人間が関わる。配給や宣伝、販促など、映画の「制作」とは直接関係のない仕事を除いても、50人あるいは100人規模のスタッフが協働する大規模なプロジェクトだ。

 映画マニアでもない限り、観客は監督や俳優くらいしか意識することはないかもしれないが、映像を撮る撮影技師やライティングを行う照明技師、役者のせりふなどを録音する録音技師、映画の世界観を作る美術・装飾や衣装、膨大な数のカットをつなげ、場合によっては視覚効果を加える編集など、それぞれの分野で専門的な技術を持つスタッフたちが1本の映画を作り上げている。

 このようにさまざまな人間が関わる映画制作の現場において、撮影を効率良く進行するために欠かせないのがスクリプターと呼ばれる仕事だ。多くの映画に携わってきた日本を代表するスクリプターの一人、田口良子さんにその仕事術を聞いた。

映画監督の秘書的な存在――スクリプターという仕事

 スクリプターを一言で表現するなら「映画監督の秘書」。撮影前の準備から撮影したカットをつなげて1本の映画に仕上げていく編集まで、制作フロー全体を通してさまざまな部署と連携する職業である。

 「記録係」とも呼ばれるスクリプターの主な仕事は、その名の通り、撮影されたカットや現場の状況を記録することだが、実は映像の長さを管理することもその1つだ。映画の“設計書”である台本の準備稿が上がった段階で、その映画がどのくらいの長さの映像になるかを試算する、いわゆる「尺出し」が最初の仕事になる。想定よりも長ければシーンを省く提案をして、それが最終的な決定稿に反映される。

フリーのスクリプターとして活躍する田口良子さん。映画「シン・ゴジラ」や「キングダム」などのスクリプターを務め、最近では写真集のベストセラー「浅田家」を原案に二宮和也さんと妻夫木聡さんが共演することで話題となった2020年公開の映画「浅田家(仮)」にも携わった。後輩の育成にも力を入れており、現在3人目の“弟子”を育てている

 「尺出しをするときはストップウォッチを持ちながら自分で台本を読んで、このシーンは何秒、次のシーンは何秒と想像しながら全体のおおよその長さを測っていきます。せりふを読み上げながら映像を思い浮かべて、これってもう、ほとんど妄想なんですけど(笑)」

 ただ、この尺出しはスクリプターとしての経験が大きく出る部分だという。駆け出しの新人スクリプターとでは、20分以上の差で“読み違い”が出ることも珍しくない。映像作品にとってこの差は致命的だ。

 「台本から尺出しするときに大事なのは、監督ならどんなふうに撮るのか、(監督の)頭の中の映像を意識することですね。よくご一緒させて頂く監督なら感覚で分かりますし、初めての方は過去の作品を片っ端から見ます。『この人は結構ためて撮るタイプだなー』とか『テンポがいいシーンになりそう』とか。作品自体の理解も重要です。ここは女子高生が仲のいい友人と喋っているシーンだからきっとこのくらいの早さで喋る、みたいに実際にブツブツとせりふをつぶやきながら計算しています」

 そんな尺出しの作業だが、スクリプターの仕事で「最も苦手なものの1つ」と田口さんは話す。監督が思い描いているイメージは、映像になってみなければ本当のところは分からない。どれだけ経験を積んでも不安を感じるという。

台本を読んで、そのシーンが映像になったときの時間の長さを推測し、映像全体の時間を管理することもスクリプターの仕事 (c)エイベックス通信放送
仕事道具の1つ。撮影中は音を出せないため、音が鳴らないストップウォッチは必需品

 「正直、私は(尺出しを)監督がやればいいと思ってるんですけど(笑)。ただやっぱり、監督は全部撮りたいので、短めに台本を読んでしまうのかもしれません。こんなふうに映像の長さを管理をするのもスクリプターの仕事の1つで、例えば、ナレーションに合わせたカットを撮るときに、現場で監督に『(このナレーションは)何秒?』と聞かれてすぐ答えたりとか。もちろん、台本にト書きがあっても撮影現場で変更することは結構あるので、自分の予想した尺と実際撮影された尺の誤差を日々計算し直しています」

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