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映画製作現場で“残業”を160時間削減 「監督秘書」の仕事術とは有名スクリプターに聞く(2/3 ページ)

» 2019年07月08日 08時15分 公開
[後藤治ITmedia]

1つのものを多くの人間で作り上げるということ

 台本の決定稿が出た後は、撮影に使うセットや道具、衣装などを用意する美術チームと打ち合わせを行う。ここではほぼ「見て」「聞く」ことに徹し、監督がイメージする世界観を頭にインプットしていく。そしていよいよ、監督を中心にスタッフが総出で1つの目標に突き進む撮影が始まる。

 1本の映画が出来上がるまでには、4カ月から長い作品で1年以上。現場で撮影が行われるクランクインからクランクアップだけを切り出しても1カ月を超えることがほとんどだ。この間、スクリプターは撮影内容の全てを記録していく。

 「映画は観客が見ている映像の順番で撮るわけではなく、いろいろな都合でカットごとにバラバラに撮るのが普通です。例えば、家の表から中へ移動するシーンでも、実は全く別の場所で撮影していたり、現場でカット割りが決まったときに、俳優が交互に話すシーンを片方ずつ撮ったりですね。このため、映像のつながりを全て記録する必要があるんです。(俳優の)髪形だけでなく、髪の毛が右側に流れていたとか、上着のボタンが1つ開いていたとか、細かいところまで再現しないとカットがつながらなくて映像が不自然になってしまいます」

 現場での撮影は、朝6時ごろから移動を開始し、9時に段取り(撮影準備)、その後、場合によっては夜遅くまで撮影が続く。カットの全てを記録しなくてはならないスクリプターにとって最も神経がすり減る時間だ。そして1日の撮影を終えても、今度は撮影したカットを編集部に回すパイプ役としての仕事が残っている。

 「現場で撮られる順番はバラバラなので、監督の指示通りに、撮影したカットのどこまでを使ってどんなふうにつなげていくのか、細かいニュアンスまで編集部に伝える必要があります。映像だけでなく現場で録音した音も関係するので、情報量は多いですね」

 また、スクリプターの仕事は単なる記録にとどまらない。北野武監督のスクリプターとして活躍した中田秀子さんが過去の北野作品に大きな影響を与えたことは有名だが、表現に関わる部分まで踏み込んで意見を言うこともある。

 「寄りで終わったシーンに寄りで始まるシーンが続くと、映像表現としては見づらい場合があります。監督は当然そのことを分かっているのですが、バラバラに撮っているとうっかりすることもあるので念のために聞いたり、カット割りを見てシーンに破綻がないか再確認したり、その他にも気付いたことはどんどん言うようにしています。言わなかったことを後悔したくないので」

FaceTimeで監督と遠隔ミーティングする田口さん

 ただし、フリーランスとしての難しさもある。クリエイティブな仕事に携わる人間は総じて我が強い。映画の制作現場は皆が専門的なスキルを持つ“技術者”だけに、自分の仕事に対する自負もある。ほぼ全ての人と関わるスクリプターは、人間関係の溝が仕事に影響を与えないよう注意を払わなくてはならない。

 「初めて参加する現場では文化の違いに戸惑うことはあります。やはり緊張しますね。でも、いい映画を作りたいという気持ちはみなさん一緒なので、同じ目的を持つ者として常に笑顔でいることを心掛けています。たくさんの人が1つのものを作り上げるために大切なことは、皆がきちんと目的を共有することだと思います」

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