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池澤夏樹が明かす作家哲学 「“飽きる”ことも仕事のうち」池澤夏樹インタビュー【後編】(4/5 ページ)

» 2019年07月31日 05時00分 公開
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「傑作を1回書く」より「超駄作を決して書かない」方が難しい

――以前、紙でなく電子書籍やWebサイト上などで選考委員の目にとまった作品が、芥川賞などの候補に入ってもいい、という趣旨の話をしていましたね。

池澤: 電子(書籍)の場合、広すぎるので誰がそれを拾い出すか。ただ、地味な地方の作家が脚光を浴びるということはありますよね。青森県でずっと方言を使って小説を書いていた向井豊昭さんの作品を1つ、僕は日本文学全集に入れました。もう亡くなられましたが、最近また注目されている。何も中央文壇だけがフィールドではない。

――ネットの発達によってそのような優れた作品が掘り起こされることもある一方、特にネットメディアの世界では「多くの読者がクリックするコンテンツなら、内容や質はどうだっていい」といった向きもあります。池澤さんは「読者を意識しない」と言いましたが、その姿勢はどうすれば貫けるのでしょうか。

池澤: 変わっていく世間と、自分の書く物とのタイミングやマッチング(の問題)だと思います。僕は、『スティル・ライフ』が芥川賞の候補になったと聞いて仰天したんですよ。別に自負でも何でもなくて、(当時の)日本の文学とは全然違う。「枯れ木も山の賑わいということで候補になったのか」と思っていたら、当たってしまった。「へー、あの人(選考委員)たちがみんな、分かるんだ」と。もちろん、ありがたかったですが。

 あの頃は、「受賞第一作」をすぐ書けと言われたものです。どの仕事もそうだけれど、傑作を1回書くのは比較的できること。しかし、超駄作を書かないまま(仕事を)続けるのはそう楽ではない。

 それでいて、ある程度実験的で新しい、自分でやっていて面白いものを、マンネリにならないように続けなくてはいけない。売れたからといってそれと同じものを縮小再生産しても、まあ面白くないでしょう。

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