インタビュー
» 2019年07月31日 05時00分 公開

池澤夏樹インタビュー【後編】:池澤夏樹が明かす作家哲学 「“飽きる”ことも仕事のうち」 (1/5)

作家・池澤夏樹の重要な作品テーマの1つ、「科学」。池澤氏は「科学」の視点から小説、日本社会、そして人類の未来をどう見通してきたのか。3回シリーズの最終回――。

[服部良祐, 今野大一,ITmedia]

 74歳にして今も旺盛な創作活動を続ける作家・詩人の池澤夏樹さん。2011年まで務めた芥川賞の選考委員の他にも、全30巻になる『世界文学全集』(河出書房新社)の編さんを個人で手掛けるなど、文壇に大きな影響を与え続けている。

 文学者というといかにも「紙とペン」の仕事というイメージだが、池澤さんは実はかなりのPCユーザーでもある。有名な話だが、池澤さんはワープロで書いた小説で初めて芥川賞を取った作家だ(1987年発表、第98回芥川賞受賞の『スティル・ライフ』)。昔からMacを愛用したり、DTP(PCで印刷物をデザインする技術)を手掛けていたりすることもあるとか。

 インタビューの前編「池澤夏樹が『2001年宇宙の旅』からひもとく「『AI脅威論』の真実 」や、中編「池澤夏樹が『人類の終末』を問い続ける意味」では、科学技術やSFへの池澤さんの深いまなざしを紹介したが、自身の仕事や生活でもハイテクを取り入れ、実践しているというわけだ。

 文学からITまで幅広い関心を抱き、形にしてきた池澤さんだが、自身のことを「飽きっぽい」と評している。後編となる今回は、そんな池澤さんの「作家」という仕事に対する哲学について迫る。

photo 池澤夏樹(イケザワ ナツキ)1945年、北海道生まれ。埼玉大学理工学部物理学科中退。ギリシア詩、現代アメリカ文学を翻訳する一方で詩集『塩の道』『最も長い河に関する省察』を発表。1988年「スティル・ライフ」で芥川賞を、1992(平成4)年『母なる自然のおっぱい』で読売文学賞を、1993年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎賞を、2000年『花を運ぶ妹』で毎日出版文化賞を受賞。著書に『言葉の流星群』『憲法なんて知らないよ』『静かな大地』『世界文学を読みほどく』『きみのためのバラ』『カデナ』『氷山の南』『アトミック・ボックス』等多数。他に『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』もある(撮影:井上智幸)

飽きることで次の「フロンティア」を作る

――実は、池澤さんは自作の電子書籍化に熱心です。14年に創刊した専用レーベルは残念ながら6月に販売終了しましたが、いわゆる純文学で早くから電子書籍に積極的な作家はちょっと珍しいと思います。「紙の本が無くなる」という議論もよくありますが、電子化の狙いを教えてください。

池澤: 電子書籍をやっているのは、版が切れた(絶版になった)作品が読めなくなってしまったから、保険を掛けるようなものです。どこかに用意しておくことは良いことですので。

 実際には、電子書籍は本を読むのにそんなに良い環境とは思いません。本気で読むのは無理ですね。軽い小説なら僕はKindleで読みます。飛行機の中などで邪魔にならないから。あと、年を取ると文字が大きいのが良い。どこでも(画面が)明るいし、便利な道具です。

 しかし、例えば本の書評や(作品の)文体を論じようとする場合、電子書籍だけではとてもできないですよ。その時は丁寧に読んで、書き込んで、付箋を付けて、何度も行ったり来たりして読むわけだから、それにはふさわしくない。その程度のモノです。読書というものにはさまざまな「深さ」があって、ディープリーディングの時は紙で読むのです。 

 だけれども、それでも(電子書籍を)用意しておけば、手に入らない時に読めるようになる。今のところ、僕にはそういう位置付けです。紙の本が消えるとは思えませんし。

――確かに、電子書籍を読んでいる時には何か、物足りなさを感じます。読書の体験を通じて得られる、ページをめくる、書き込むといった身体性がポイントなのでしょうか。

池澤: 紙の本を読んでいる時には、本と手を取り合って踊っているような感じがあります。行ったり来たりしながら、「君はあれ、どこに書いてあった? だいたい覚えているんだ、ほらあった」。そういう“会話”があるんですね。

――文学の王道を歩みつつ、科学やITにも明るい池澤さんですが、こうした幅広い視野を維持し続けられる秘訣は何でしょうか?

池澤: 他の人と比べず、その時々で面白そうなことをやっているだけです。ただ、仕事全般を考えると僕は飽きっぽいんです。1つのことを一通りやると「もういいや」ってなる。次に何をしようかなと思うんですね。

 多分、世の中にはいろんな作家のタイプがあって、きっちり同じものを書いていく西村京太郎さんといった人は、それで腕が上がっていく。僕はすぐ飽きる。そして、飽きるのも仕事のうち。もう一通りやったからこれでいいよな、と。

 例えば、珍しくシリーズで2部まで書いた『アトミック・ボックス』(毎日新聞社)という小説がある。みんなが「3部作にしましょう」というけれど、僕はそんな気は無いわけで(笑)。いずれ気が向いたら書くかもしれませんが。

 詩から小説から、いろいろあるから、切り替え切り替え新しいフロンティアを作っていく。それが一番面白い。頑張ってやっているわけではなくて、それが一番楽しいのです。

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