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池澤夏樹が「人類の終末」を問い続ける意味池澤夏樹インタビュー【中編】(1/5 ページ)

» 2019年07月30日 05時00分 公開
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 芥川賞選考委員などを長く務め、日本文壇で重要な役割を果たしてきた作家・詩人の池澤夏樹さん。1987年発表の芥川賞受賞作『スティル・ライフ』をはじめ、その作風の大きな特徴の1つといえるのが「科学」だ。

 池澤さん自身、大学では理系に進み、作品にも物理学や宇宙、古生物、終末論といった科学のエッセンスをちりばめてきた。身近なサイエンスや、科学技術の行く末まで問うたエッセイも数多く発表しており、4月には『科学する心』(集英社インターナショナル)を上梓。後進のSF作家たちにも強い関心を寄せている。

 記事の前編では、人工知能(AI)や原発など、技術的に複雑になりすぎて「ブラックボックス化」した科学の危険性を指摘してもらった。(池澤夏樹が『2001年宇宙の旅』からひもとく「AI脅威論」の真実)。今回の中編では、急激な科学技術の発達に対して、「小説の持つ想像力」がどのような役割を果たすのかについて聞いた。

 人工知能(AI)や宇宙進出など、古典のSF小説で何度も描かれた世界が現実のものになるかのような現代に、フィクションとしてそれらを想像してきた小説家が成し得る役割とは何なのか。SFの想像力に、すさまじい速度で追い付こうとしている現実の科学技術を前に、文学と科学を長きにわたってつないできた池澤さんは何を思うのだろうか――。

photo 池澤夏樹(イケザワ ナツキ)1945年、北海道生まれ。埼玉大学理工学部物理学科中退。ギリシア詩、現代アメリカ文学を翻訳する一方で詩集『塩の道』『最も長い河に関する省察』を発表。1988年「スティル・ライフ」で芥川賞を、1992(平成4)年『母なる自然のおっぱい』で読売文学賞を、1993年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎賞を、2000年『花を運ぶ妹』で毎日出版文化賞を受賞。著書に『言葉の流星群』『憲法なんて知らないよ』『静かな大地』『世界文学を読みほどく』『きみのためのバラ』『カデナ』『氷山の南』『アトミック・ボックス』等多数。他に『池澤夏樹=個人編集 世界文学全集』もある(撮影:井上智幸)

科学的にウソを交えない小説にする

――池澤さんの作品は、科学の要素と切っても切れない関係にあります。SFチックな作品では、どのように科学の知識を盛り込んでいるのですか?

池澤: 小説を書いていて科学的にウソを交えないようにする。(そのためには)シミュレーションをしながら、なるべく(ウソが)入らないように書くことです。

 一番いい例は、『氷山の南』(文藝春秋)という作品です。これは、南氷洋の氷山を引っ張ってきて、オーストラリアで灌漑(かんがい)に使って畑を作るというプロジェクトの話です。調査船がまず(南氷洋に)行って、建物サイズの氷山を見つけて計測し、引っ張っていく。それから「タグボート」という、タンカーを運ぶような(高出力の)引き船が氷山に縄をかけて引っ張るのです。

 そういったプロジェクトが実際に存在していて、僕はそのレポートを持っていたため、「どのくらいの大きさの氷山が、どれくらいのタグボートならどの速度で引っ張れて、その間にどれくらい溶けてしまうか」などを細かく計算しました。ちょっとウソも交えましたが。例えば、「非常に強力なカーボンファイバーで作ったシートで氷山をくるみ、その中で氷が解けても真水が残る(ので運べる)」といった具合です。

 専門家に読んでもらったわけではありませんが、それほどウソにならないように計算したつもりです。本作は「ハードSF」ではありませんが、僕の中ではリアリティーのあるSFでしたね。もちろん、このプロジェクトは失敗するのですけどね。「うまくいって終わり」だと、小説ではありませんから。

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