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池澤夏樹が「人類の終末」を問い続ける意味池澤夏樹インタビュー【中編】(4/5 ページ)

» 2019年07月30日 05時00分 公開
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SFによって人間を「客観視」できる

――現代と全く変わらないのですね……。今ある事実や科学的知識を元に未来を予測するという、文学の持つ「SF的想像力」は、科学技術が加速度的に進化する今だからこそ、痛切に求められていると感じます。

池澤: 先ほど話した『氷山の南』のようなSFは、非常に“ベタ”なのです。円城塔(芥川賞作家。SF要素の強い作風が特徴)さんなど、最近のSFを見ていると本当にすごいと思う。「(人類に)警告する」とかそういうのではなくて、「そもそも知性とは何だ」とか、心理学に哲学、生物学や不可知論(ものごとの本質は人には認識することが不可能である、とする立場のこと)も含めて作ってあって、しかも面白い。やはりいまだに(SF小説を)読むのは好きですね。敵(かな)わないなと思います。

――池澤さんが「敵わない」と思うのですか……。円城さんは、池澤さんが芥川賞候補として強く推薦していた作家です。そういった最先端のSF小説の在り方に、可能性を感じているのですね。

池澤: 僕が芥川賞の選考委員をやっている時に、(円城さんは)候補になったが通らなかった。僕が辞めた後、委員たちが頑張って通したんですよ。僕がいなくてもできるじゃん(笑)という。

 円城さんが通ったというのは、相当すごい変化ですよ。本来は“半端なお遊び”と思われてきたSFを、筒井康隆さんたちがやってきて文学に押し上げた。その後、ようやく円城さんまで来た。明らかに文学の一角を確保しましたよね。

 それによって何が違うようになったかと言うと、SFとは人間を「客観視」できるのです。人間を「外」から見られる。普通の文学はどうやったって、人の心の中、お互いのやりとり、つまり人間の世界の話ですよね。SFなら(その)外側から見られる。

 単純な「明るい未来か、暗い未来か」ではなくて、「人間とは何か」を改めて考えられるのです。「サイエンスフィクションとは『思弁小説(空想科学小説に哲学的要素を持ち込んだジャンル)』である」という言い方がありますが、そういう方向にどんどん拡張していきますよね。

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