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田坂広志が社会人1年目に味わった絶望感――逆境を越えられた理由は「研究者視点」と「心の師匠」知の賢人・田坂広志が語るキャリア論【前編】(5/6 ページ)

» 2019年08月06日 05時00分 公開
[小林義崇ITmedia]
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Everyman must be happy every day.

――営業の仕事をする場面において、どのような心の置きどころが大切なのでしょうか。

 A課長のエピソードで心に残っているのは、ある商権を巡ってライバル企業との激しい競争になったときのことです。当社が優位に交渉を進め、その企業の全面敗北が濃厚な状況になり、私も「今回の商権は、ほとんど当社で取れる」と判断していたのですが、上司のA課長は、なんと半分くらいの商権を、そのライバル企業に渡してしまったのです。

 そのとき、私は若かったこともあり、「なぜ、全て取れる商権の半分を渡したのか」と疑問に思ったのですが、A課長は、私の気持ちを見抜いて、こう言ったのです。「田坂、これで良いんだよ……。見たか、向こうの課長も必死じゃないか。こうした場面では、相手の退路を断つべきではないのだよ……」と。

 確かに、ライバル企業といえども、いずれ同じ業界で、長く一緒に仕事を続けていく企業です。自分の会社さえ良ければいいという発想で仕事をしていると、どこかでつまずくことがある。A課長は、そうした広い視野を持っていたのでしょう。思い返せば、A課長は、時々、「仕事は、Everyman must be happy every day.(誰もが、毎日、幸せでなければならない)なんだよ」と話していましたが、A課長の心の置きどころが、この言葉に表れているような気がします。

――田坂さん自身が、心の置きどころという観点から意識していたことはありますか。

 営業や商談においては、自分でも気が付かずに、相手の気持ちを遠ざけてしまうことがないように、自戒していました。一般に、高学歴の人間は、無意識に“上から目線”になってしまうことがあります。私も、大学院を出て博士号を持った人間ですので、若い頃は、そこに自分の落とし穴があると考えていました。だから、営業や商談で技術説明をするときなど、お客さまが“よく分からない”という表情をされたときは、すぐに「私の説明が拙くて申し訳ありません」と述べるようにしていました。

 こういった体験から学んだ大切な心の置きどころは、営業であれ、企画であれ、プロジェクトマネジメントであれ、いかなる仕事であっても、必ず役に立つものです。その意味で、いま振り返ると、「人生には、ひとつとして無駄なことはない」と思えます。研究者として歩んだ時代、民間企業で営業に携わった時代、シンクタンクで活動した時代、どの時代のどの体験も、全て役に立っています。ですから、「いま自分は、思い描いた通りのキャリアパスを歩めていない」と悩まれている方には、申し上げたいですね。「いま、目の前にある仕事に打ち込み、そこで学ぶべきことを学ぶならば、それは必ず、将来の糧となる」と。

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