クルマはどう進化する? 新車から読み解く業界動向

新型タントデビュー DNGAって一体なんだ?(後編)池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/5 ページ)

» 2019年08月13日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]
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 もちろんライトな仕様だけでは対応できない部分についても、カタログモデルが用意されている。リヤゲートにワンタッチスロープを持つモデルや、車椅子ユーザーに向けた本格的なリフトアップシートなどをあらかじめ「変動」に織り込むことで、従来比で大幅に安価に実現している。また機能的にも優位を持たせることができた。例えばこれまでのスロープは収容時にゲート内側に壁のように立ちふさがってしまうが、それでは普段荷物の積み下ろしに不便すぎるので、荷室の床に倒せるようになった。

 あるいは車椅子を収容するためのクレーンは、これまで床から柱を立てて取り付けていた。ルーフ周りにクレーンを取り付ける強度がなかったからだ。しかしここもあらかじめ設計要件に変動を組み込んだからこそ、ルーフに直接クレーンを設置することが可能になり、デッドスペースを圧倒的に減らすことができた。そしてこれらのほぼ全ても「変動」として、組み立てラインで取り付けが可能になっている。それも福祉仕様の低コスト化に貢献している。こういうダイハツの一途な技術のあり方に筆者は感動を覚える。

車椅子を収納するために吊り下げるクレーンは、ルーフ部分に取り付けられておりスペースを圧迫しない

 筆者の原則論からいえば、助手席側のBピラーレスには本当は反対だ。それは運転席直後の環状構造の成立にネガティブだし、左右で違う構造はボディの剛性と重量のバランスだって悪くするはずだ。側突の安全にだってマイナスが出ないようにするだけで精一杯だろう。少なくともプラスにはならない。

 しかし、こうやって実際に、これまでクルマを利用できなかった人がそのおかげで乗り降りができる。移動の自由が確保されるのだとすれば、健常者サイドだけに立って批判はできない。そういうことを気にする人には他の選択肢が用意されている。

 これまで、福祉車両用の高機能、好デザインのデバイスは、北欧を中心とした欧州の方が進んでいた。しかしそれはあくまでもサードパーティの製品であり、メーカー自ら「固定と変動」というコモンアーキテクチャーの概念を適用して、高機能でリーズナブルな福祉車両を仕立てるということはなかった。

 専門家に伺うと、海外では福祉車両用のデバイス開発メーカーの地位が日本より高く、自動車メーカーをサポートする形で市民権を得ているのだそうだ。当然、改造の際に必要になる純正部品などもサプライヤーから入手できたりするらしい。正直なところ、トヨタが福祉車両に力を入れ始めるまで、日本の環境はかなり厳しかったらしい。

 しかし、「固定と変動」が世界をガラリと変えた。世界の先進国で少子化が進む現在、メーカーが手掛ける高機能で安価な福祉車両は、もしかしたら日本発の新しいトレンドになるかもしれない。

筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)

 1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。

 以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。


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