アンチ・マネーロンダリングの状況を審査する国際機関のFATF(ファトフ、金融活動作業部会)が08年に日本に対して実施した「第3次対日相互審査」では、49の審査項目のうち、日本は24項目しかパスせず、対策の甘さが明るみに出た。
その後、犯罪収益移転防止法の改正や金融庁ガイドラインの整備といった対応を行ってきたものの、14年6月には、日本のマネーロンダリング対策に関する法整備の遅れを指摘する異例の声明が、FATFから公表された。それだけでなく、17年には、愛媛銀行が北朝鮮の関与が疑われている送金を見過ごしてしまうという事件も発生している。
そのような状況の中、FATFは、日本に対して、10月28日から11月の中旬にかけて「第4次対日相互審査」を実施する。その行方によっては海外との金融取引が遅延したり、海外から取引を避けられたりしてしまう可能性がある。
第4次対日相互審査では、キャッシュレス決済や個人間送金を行う資金移動業者も対象となる。金融庁は、キャッシュレス業者をはじめとした資金移動業者に対する立入を含む検査対応を行い、警察庁等の関連省庁と連携して審査に臨むようだ。
現金が多く流通している日本は、マネーロンダリング(資金洗浄)を行う者にとっては天国のような場所と表現されることがある。そこで政府は、増税に合わせたキャッシュレス還元事業を推進し、現金の流通量を低下させ“マネロン天国”からの脱却をはかるという裏の狙いが垣間見える。
では、現金の流通量が下がれば、マネーロンダリングの余地もなくなるのだろうか。
日本では現金での支払いを重視する、いわゆる現金主義が未だ根強い。一般社団法人キャッシュレス推進協議会が今年4月に公表した「キャッシュレス・ロードマップ」では、19年のキャッシュレス比率の推計値が30%と、16年時点における韓国の96.4%、中国の65.4%、米国の46.0%に見劣りしている状況だ。
現金はデータによる追跡が困難で、脱税やマネーロンダリングを行うことが容易だ。仮に政府の推進が奏功し、キャッシュレス決済が普及していけば、マネーロンダリングの余地も縮小していくだろう。現に、ロイヤルホストの運営会社であるロイヤルホールディングスや、ローソンの深夜の無人店舗「スマート店舗」などのように、現金が利用できない店舗の試験的導入も行われている。
世間で現金がほとんど流通しないような状況になれば、反社会的勢力やテロ組織は、資金決済法上の本人確認をパスしなければならないだけではなく、送金履歴などの工作を行わなければならない。履歴を保持する機関本体のサーバを攻撃するようなコストを考えれば、日本でのマネーロンダリングを諦めざるを得なくなるだろう。
しかし現金主義が続く限り、キャッシュレス決済の普及、ひいてはアンチマネーロンダリングの撲滅は難しい。なぜなら、キャッシュレス決済に対応していない店舗が存在すると、私たちは常に現金を携帯しておく必要性が出てくるからだ。そうすると、マネーロンダリングのリスクがなくならないだけでなく、キャッシュレス決済を導入するコストに加えて、現金主義を維持するためのコストもかかるという本末転倒の事態に陥りかねない。
すでにEU・インド・シンガポールなどでは、脱税とアンチマネーロンダリングの観点から高額紙幣を廃止するなどして、お金の出入りを追跡することが容易なキャッシュレス決済への舵(かじ)を切り始めている。
現金主義からの脱却には、高額紙幣の廃止などを含め、現金とキャッシュレスの維持にかかるコストの併存を解消する対応をしていくことが求められてくるだろう。
現金とキャッシュレスの併存問題は、テレビにおける「地デジ化」の事例に似ている。03年における「アナログ」と「地デジ」の併存と、11年の「地デジ」への完全移行。当時は地デジ化に対し批判的な意見もみられたが、地デジ化を未だに批判する声は、もはや皆無といっても過言ではない。
同様に、現金からキャッシュレスの移行についても、事前の慎重な議論のもとで推進を継続し、一方で大胆な転換施策の検討が必要になってくるのではないだろうか。
中央大学法学部卒業後、Fintechベンチャーに入社し、グループ証券会社の設立を支援した。現在は法人向け事業コンサルティングを行う傍ら、オコスモの代表としてメディア記事の執筆・監修を手掛けている。
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