京都が日本人客から訪日客に“奪われる”!? インバウンドに潜む「オーバーツーリズム」問題京都在住の社会学者が斬る(4/4 ページ)

» 2019年11月01日 06時00分 公開
[中井治郎ITmedia]
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外国人客に「押し出される」日本人客

 ホテルの部屋数やバスの本数、また観光空間の広さなど、観光にかんするさまざまなインフラ的要素との兼ね合いのなかで、どれだけの観光客を受け入れられるかという観光地のキャパシティーは有限である。ホテルの予約合戦に負け、多すぎる観光客のために観光を楽しめない日本人観光客。そこには京都に押し寄せる外国人観光客と限られた観光インフラを奪い合い、「負けて」押し出される日本人観光客という構図が見え隠れする。「日本人の京都ばなれ」というより「京都から日本人が押し出されている」というほうが実状に近いといえるだろう。

photo 『パンクする京都 オーバーツーリズムと戦う観光都市』(星海社新書)。著者の中井治郎氏は1977年、大阪府生まれ。京都在住の社会学者。龍谷大学大学院博士課程修了。今は同大学などで教鞭をとる。専攻は観光社会学。

 そして、日本人観光客が減り外国人観光客が増えるというのは、京都を訪れる観光客数という「量」はそれほど変わらなくても「質」が徐々に入れ替わっていることを意味する。本書で見てきたような京都におけるオーバーツーリズムをめぐる問題は、じつは単に観光客の数が増えたことによるものではなく、全体の観光客数はそれほど変わらなくてもその中身が外国人観光客に取ってかわったことで惹起(じゃっき)しているのだ。

 全体の観光客数は変わらなくても、そのなかで外国人観光客の比率が増えることで起こる問題はさまざまにあるが、まずは「集中」にかんするものと「文化」にかんするものとがあげられる。

 外国人観光客の比率が高くなると必然的に「京都ははじめて」という人が多くなる。そうすると、清水寺や金閣寺など、日本人観光客であれば「修学旅行でいちど行ったから、もういいかな」と思ってしまう京都のゴールデンルートといわれる「ド定番」スポットに観光客が集中することになる。またバスの一日乗車券などを使用する人が多いため、限られた交通機関に観光客が集中してしまう。

 また、文化にかんする摩擦は「マナー違反」という形で問題化されることが多い。「試食をすべて食べてしまう」「他の店の食べ物を持ち込む」「何も頼まずに居座る」など飲食店でのふるまい、ゴミのポイ捨て、トイレの使い方、道端で座り込む、落書きなど、この種のトラブルは観光地ごと、街ごと、お店の形態ごとに枚挙に暇がないほど多種多様な形をとることになる。もちろん「旅の恥はかき捨て」的な非日常ゆえの大胆さに起因するマナー違反もあるが、主にこのような異文化接触時の摩擦がマナー違反問題の根底にあると思ってよいだろう。

 また定番の観光名所だけでなく地元の人々の暮らしを観光対象とする「まちなか」観光の人気が生む問題もある。市民の生活のための場所だった錦市場が観光化されていく問題や、舞妓パパラッチという形で問題化されている祇園や花街における外国人観光客のマナー違反の問題も、そもそもは「一見(いちげん)さんお断り」で知られる敷居(しきい)の高さで日本人観光客が遠慮を感じていた祇園界隈(かいわい)に、そんな「敷居の高さ」という感覚を共有しない外国人観光客が押し寄せていることが問題の根本である。これもある種の異文化接触の問題といえるだろう。

 いずれにせよ、京都でオーバーツーリズムが問題化しはじめた2014年から16年の間に外国人宿泊客数は3倍も増加していた。このことからも観光客の「質」の変化が京都の地域社会にどれほど大きな影響を与えたかをうかがい知ることができるだろう。

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