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インタビュー
» 2019年11月29日 08時00分 公開

ソフトウェア・ファーストな組織へ:自身を破壊し続けること――さくらインターネットの田中社長が語る「変化に強い開発組織」の条件 (1/3)

サーバホスティング事業から始まった1996年の創業以来、データセンター事業や仮想化サービス、IoTプラットフォームの構築と、時代に合わせて主力事業を進化させてきたさくらインターネット。変化に強い開発組織の在り方を同社の田中社長に聞いた。

[伊藤健吾,ITmedia]

 AI活用やDX(デジタル・トランスフォーメーション)、アズ・ア・サービス化によるサブスクリプション・モデルの導入など、テクノロジーを駆使した新たなビジネスがさまざまな業界を席巻している。今まで非IT企業だった企業群もソフトウェア開発をコア・コンピタンスにしていく必要に迫られる中、組織全体でITシフトを進めるためのステップを書き記したのが及川卓也氏の著書「ソフトウェア・ファースト」(日経BP)だ。

 及川氏は執筆に際して、ソフトウェア・ファーストを実践することで各業界に新風を吹き込んできた日本企業に取材を実施。デジタル変革のあるべき論だけではない、リアルな実情を踏まえたソフトウェア開発力向上のヒントを探った。

 今回紹介するのは、さくらインターネット社長の田中邦裕氏の話だ。ホスティングを軸にITを使った事業開発をさまざまな形で支えてきたイネーブラーであり、田中氏自身が1996年の創業以来、エンジニアの力で進化し続ける企業を作ってきた経験の持ち主でもある。そんな田中氏が考える、ソフトウェア・ファーストな開発組織とは?(聞き手:及川卓也)

田中邦裕(たなか・くにひろ)氏。幼少期から電子工作やロボットに興味を持ち、国立舞鶴高等専門学校に進学。在学中の1996年にさくらインターネットを創業、レンタルサーバ事業を開始する。99年に株式会社化し、代表取締役社長に就任。2005年に東証マザーズ上場。00年12月に一度社長を退任したが、07年11月に復帰。15年には東証一部に上場。現在は、インターネット業界発展のため、各種団体の理事や委員を務める

及川 今、ITの進化がさまざまな産業のビジネスモデルを変革していて、DXを含め事業のやり方を大きく変えようとしている事業会社が増えています。「変えないと生きていけない」という切羽詰まった状態だから変革に乗り出しているというほうが正確かもしれません。

 さくらインターネットさんは1996年の創業以来、ずっとITを主戦場にしていらっしゃるので、こうした企業群とは事情が違うかもしれませんが、事業形態は常に変わり続けています。サーバホスティングから始めて、データセンター事業、クラウドやVPS(バーチャル・プライベート・サーバ)といった仮想化技術を使ったサービス提供、IoTプラットフォームの構築と、サービスの内容・ラインアップともに進化してきました。

 変化に対応できず消えていく企業も多い中で、なぜさくらインターネットは変化に適応できたのか。まずはここから教えてください。

田中 創業からこれまでの間には、財務状況が悪化して経営が傾いた時期もありましたし、決して順風満帆にやってきたわけではありません。時代の変化に適応できず苦しんだ時期もたくさんありました。それでも何とかやってこれたのは、大きく3つの理由があると思っています。

 1つは変わり続けること、2つ目は手段にこだわる会社だということ、3つ目は常にソフトウェアでビジネスをしてきたという点です。

 1つ目の「変わり続ける」で言うと、創業当初は「データセンター運営はやらない」と言っていたんですね。でも、2000年くらいに「これはもうかるかも」となり、サーバの置き場として作ったデータセンターを他社へ貸してみたらどんどん売れて。そうしたら、00年代の半ばくらいからデータセンター事業を行う企業がすごく増えたので、都市型データセンターはコスト面で戦えなくなるぞと。だから11年、北海道の石狩市にデータセンターを作り郊外型にシフトしたら、同じ年にAWSが日本リージョンを開設して「これからはクラウドだ!」となり……とにかく変化の連続でした。

 こういう変化は自分たち自身をディスラプト(破壊)し続けないとできません。実はこれができる会社はとても少ない。今もうかっているサービスを自己否定できないからです。私たちの場合、1年前は「この事業が主力だ」と言っていたのに、翌年には手のひらを返したように次のビジネスをやってきました。

 ただし、どこまで行っても手段にこだわる技術ドリブンな会社という点はずっと変わっていません。事業の核はネットワークとデータセンターで、それらを動かすソフトウェアエンジニアが最重要だという考えも常に持っています。データセンターはずっと自前で作ってきましたし、ソフトウェアのライセンス料もMicrosoft製品以外、ほとんど払っていません。事業運営で必要なソフトウェアは自社内で、もしくはOSSを利用しながら開発してきました。

 ITの世界でビジネスをしていくには、これがけっこう重要だと思うんです。ソフトウェアは一度作ったらほとんど無限にコピーできるので、製造業の開発プロセスでいう「製造」の原価を限りなくゼロにできるからです。これを直販で展開してお客さまが増えていけば、売上はエンジニアの人件費以外ほとんどが利益になる。

及川 まさにそこがソフトウェアビジネスの本質なのに、その本質を理解している経営者は少ない。これが日本でITビジネスが大きく育っていない理由の1つだと思うのですが、田中さんは社長になったころからこの部分を大事にしてきたのですか?

田中 そうですね。最初からです。僕、サーバが好きなんですよね。世の中のホスティング企業の社長で、私ほどサーバが好きな人って、案外少ないと思います。好きという感情がベースになっているから、お客さまに提供する商材が変わり続けても大切な部分は守ってきたというか。

「まずはエンジニアを雇ってみては?」

及川卓也(おいかわ・たくや)氏。大学卒業後、DEC(ディジタル・イクイップメント・コーポレーション)に就職してソフトウェアの研究開発に従事する。その後、MicrosoftやGoogleにてプロダクトマネジャーやエンジニアリングマネジャーとして勤務の後、プログラマーの情報共有サービスを運営するIncrementsを経て独立。2019年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably株式会社を設立

及川 私は今の仕事で事業会社のDXについて相談されることが多いので、経営者の方々に田中さんのような考えを持ってほしいと自分なりに言葉を尽くして説明しています。それでも意図が伝わらず、徒労に感じることも少なくありません。

 その理由として、経営者がソフトウェアの本質を分かっていないという課題がありますが、こういう状況でどう事業変革のアドバイスをすればいいのかと。田中さんならどうアドバイスしますか?

田中 ソフトウェアを使うことで売上が上がったり、お客さまの満足度が高まるというシチュエーションを、実際に体感してもらうのがいいのではと思います。

 僕の知る限りでは、既存産業で事業をやってきた経営者の多くは、IT=コストダウンのためにあるものだと思っています。まずはそこから意識を変えていただくためにも、身近な事例を伝えながら、自分たちでソフトウェアを使った事業をやってみるようにお勧めしています。

及川 田中さんのお知り合いや、さくらインターネットの顧客の中で、実際に変わった企業はありますか?

田中 リーガロイヤルホテルグループを展開しているロイヤルホテルの社長さんと知り合いなのですが、同社の取り組みが好例かもしれません。

 19年3月から、リーガロイヤルホテルはチェックアウト時の精算を客室内でできる「WEBチェックアウトシステム」というサービスを自社開発で始めています。宿泊客は、ご自身のスマートフォンで客室内にあるQRコードを読み取るだけで、フロントで待つことなくクレジットカード決済ができるというものです。

  以前はこのような開発体制がなかったそうです。社内のITシステムは外部ベンダーに委託して開発しており、複数のベンダーに委託開発費を払っていたと聞いています。でも、ある時私が「エンジニアを2〜3人雇ってみたらどうですか? それだけでも会社が変わりますよ」とお話したんですね。そうしたら、後になって実際に数名のエンジニアを雇ったと。そこから今では「WEBチェックアウトシステム」のようなサービスを自社開発するようになり、特許も申請したそうです。

及川 すごいですね。

田中 リーガロイヤルホテルは高級ホテルなので、フロントでのやりとりを含め、スタッフによる対人でのおもてなしが強みの1つです。良い面は残しつつ、お客さまの宿泊体験を向上させるためにITを使えないか? と考えた結果が「WEBチェックアウトシステム」の開発につながったのだと思います。

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