#SHIFT

日本式経営に“戦略”は存在するのか?――海外の眼が解き明かす「真の日本人像」「戦術」に秀でても「戦略」で劣る日本人(2/5 ページ)

» 2019年12月02日 07時00分 公開
[孫崎享ITmedia]

米国の大学院生による日本の評価

 〈戦略1  戦略2   作戦    戦術

 英国  5    7    5     4

 米国  4    9    8     6

 日本  3    2    5     6

 ドイツ 7    2    7     7〉

 注:「戦略1」は「第一次大戦から第二次大戦まで」、「戦略2」は「第二次大戦中」を指す

 出典:太田文雄著『日本人は戦略・情報に疎いのか』(扶桑出版書房、2008年)

 解説

 ジョンズ・ホプキンズ大学高等国際問題研究大学院は国際関係を学ぶ大学院として、最も評価の高い教育機関の1つである。

photo 『日本国の正体 「異国の眼」で見た真実の歴史』(毎日新聞出版)。著者の孫崎享氏は1943年旧満州国鞍山生まれ。66年、東京大学法学部を中退し、外務省に入省。情報調査局分析課長、国際情報局長、駐イラン大使などを歴任。2002年から防衛大学校教授、09年に退官。

 太田文雄元防衛庁情報本部長は前掲書の中で、同大のクレピネヴィッチ教授が、10数名の学生(米軍の佐官クラスを含む)とともに行った、軍事における各国への評価を記載している。

 日本を見てみよう。個々の戦場での戦い方を示す「戦術」では、日本は米国と肩を並べ、高い評価を得ている。他方、「戦略」をみると、第一次大戦から第二次大戦のまでの「戦略1」、第二次大戦中の「戦略2」、いずれも「2」や「3」という低評価で、完全な落第点である。

 第二次大戦においては、経済的に約一〇倍の力を持つ米国に対し、真珠湾攻撃を行うという、どう考えても正当化できない行動を日本はとった。「戦略」で日本が極めて低い評価しか得られなかったのは当然である。

 第一次大戦から第二次大戦までの間においても、勝ち目のない中国大陸での泥沼の戦闘に自らの選択で入っていった。

 「敵と戦う」という任務を負い、最も「戦略」を求められるのが軍事である。その軍事において、日本の「戦略」が国際比較上大きく劣っていれば、他の分野においても当然その影響がなんらかの形で現れてくる、と考えるのが自然であろう。

 戦略において劣っているにも関わらず、戦術面では秀でた才能を発揮するのも、日本人特有の傾向であろう。真珠湾攻撃では、米国海軍に対する困難な奇襲攻撃を成功させた。個々の局地戦では日本軍は極めて優秀だった。一方、この局地戦での成功があるが故に、全体の方針を考える「戦略」で劣ることが、しばしば見逃されているのではないか。

真珠湾攻撃は『国家的自殺行為』

 〈アメリカ海軍のサミュエル・モリソンは歴史家であるが、日本のこの攻撃を『戦略的愚行』と表現し、当時ワシントンの下院議員だったフィッシュは、真珠湾攻撃を『軍事的そして国家的自殺』だと表現した〉

 出典:ジェフリー・レコード著『アメリカはいかにして日本を追い詰めたか』(草思社、2013年)

 解説

 『アメリカはいかにして日本を追い詰めたか』の著者レコードは米国陸軍大学戦略研究所教授である。

 彼は真珠湾攻撃に対し、自著の中で「日本人はどれだけ分の悪い戦いになるか、解かっていたのだろうか。彼等は、如何(いか)に勝利を収めるかのビジョンがあったのだろうか」等の問を立て、真珠湾攻撃から普遍的教訓を導きだそうとしている。

 「現代の国家安全保障に責任を負う者は、一九四一年に日米が太平洋戦争に至った道筋を検証することによって、幾つかの教訓を得ることができる。その教訓は次の七つにまとめることが出来(でき)る。

 1: 恐怖とか誇りといった感情は意思決定上の重要なファクターになる。そうした感情に合理性があるか否かとは関係がない。

 2:潜在敵国の文化や歴史についての知識は極めて重要である。

 3:相手国への牽制(けんせい)が有効か否かは牽制(けんせい)される側の心理に依存する。

 4:戦術よりも戦略が重要である。

 5:経済制裁は実際の戦争行為に匹敵しうる。

 6: 道徳的あるいは精神的に相手よりすぐれているという思い込みは、敵の物理的優位性を過小評価させる。

 7:戦争が不可避であると考えると、自らその予言を実行してしまいがちになる

 「賢者は愚者に学び、愚者は賢者に学ばず」とか「賢者は歴史に学ぶ」の格言がある。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.