本記事は、書籍『日本国の正体 「異国の眼」で見た真実の歴史』(著・孫崎享、毎日新聞出版)の中から一部抜粋し、転載したものです。海外の識者の知見から分析した、経営論にも通じる「日本人論」をお読みください。
私たちはしばしば戦略という文字に出合う。だが、そもそも戦略とは何であろうか。
試しに、ウィキペディアで「戦略」を検索すると、「特定の目的を達成するために、長期的視野と複合思考で力や資源を総合的に運用する技術・応用科学」(A)とある。
一方で、私は自分の著書『日本人のための戦略的思考入門』(祥伝社新書)で次のように「戦略」を定義した。「人、組織が死活的に重要だと思うことに目標を明確に認識する。そしてその実現の道筋を考える。かつ、相手の動きに応じ、自分に最適な道を選択する手段」(B)。
(A)と(B)とどちらが「戦略」の定義としてより核心をついているか、読者諸賢はどうお考えだろうか。
重要なことは、「戦略」の対象とは、自分にとって「死活的重要な問題」であること、であろう。
この「戦略」概念を、システムとして確立したのがマクナマラ(フォード社社長、ケネディ大統領時代の国防長官等を歴任)である。彼の戦略論を経営用語で説明したのが次の例である。
1. 外部環境の把握(いかなる環境におかれているか、例えば企業の戦略での考慮要因は・消費者要求・競争状態・技術水準・一般経済・法的規制)
2.将来環境の変化の予測
3.自己能力、状況の把握(いかなる状況にあるか・保有資源・保有能力・投資状況・投資状況)
4.自己の弱みと強みは何かの情勢判断
5.課題:組織生存のため何が課題かの観点で集積し検討
6.目標提案
7.代替戦略提案
8.戦略比較
9.目標と戦略の決定
10.任務別計画提案
11.計画検討・決定
12.スケジュール
出典:馬淵良逸著『マクナマラ戦略と経営』(ダイヤモンド社、1967年)
私たちが考える「戦略的思考」は、マクナマラの定義のような厳密な条件をクリアしているだろうか。
〈(日本人は)行動が末の末まで、あたかも地図のやうに精密にあらかじめ規定されて居る〉
〈人はこの「地図」を信頼した。そしてその「地図」に示されてゐる道を辿(たど)る時にのみ安全であった。人はそれを改め、或(ある)いはそれに反抗することに於てではなくして、それに従ふことにおいて勇気を示し(た)〉
出典:ルース・ベネディクト著『菊と刀(上)』(社会思想研究会出版部、1948年)
解説
ルース・ベネディクト(1887〜1948)は米国の文化人類学者、アメリカ人類学学会会長。著書『菊と刀』は、日本人論として、最も著名なものであろう。
ベネディクトは、コロンビア大学の助教授時代、米国が第二次世界大戦を戦うための助言を得るために招集した学者の一人で、戦争情報局日本班の長であった。彼らの任務には日本を侵略に駆り立てるものは何か、弱点はどこか、いかなる形で説得が行えるか等の考察がある。この任務を基礎に、終戦後、1946年、米国で『菊と刀』を出版した。
ベネディクトは「日本人は戦略的な考え方をしない」とは述べていない。しかし、日本人には各々(おのおの)に与えられた「地図」があり、それに従っていれば、「最大の幸福が保護されている」と考え、行動していると指摘しており、実質的に日本人は自ら戦略を考えることはないとしたも同然である。
私たちは何故(なぜ)、決められた道を歩むのか。彼女は、「日本人が詳細な行動の『地図』を好み且(か)つ信頼したのには、1つのもつともな理由があつた。それは人が規則に従う限り必ず保証を与えてくれた」と記述している。体制の中で生きていく保障を得ること、ここに日本人は価値を置いてきた。
ベネディクトは「十九世紀後半に徳川幕府が崩壊したときにも、国民のなかで、この『地図』を引き裂いてしまえという意見のグループは1つも存在しなかった」と記している。
また日本の歴史を見ると、一般民衆が政権を転覆し、奪取の行動を起こしたことはないとも指摘している。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PRアクセスランキング