「技術立国ニッポン」が揺らいでいる。AI(人工知能)や5G(第5世代移動通信システム)などの先端分野では中国が日本のはるか先を走り、「ものづくり」で高度経済成長を牽引(けんいん)した日本企業の存在感は低下している。また、Google(グーグル)など巨大IT企業であるGAFAの出現はこれまでのビジネスの在り方を根幹から変化させることになっていきそうだ。
そんな中で、日本はどのような科学技術政策を取っていけばいいのだろうか。政府の科学技術政策の基本方針を決める総合科学技術・イノベーション会議(議長・安倍晋三首相)の議員で、経済界を代表する論客の一人である小林喜光・三菱ケミカルホールディングス会長(経済同友会前代表幹事)に、日本の技術の現状と求められる対応策を聞いた。
――この数年、科学技術の分野で日本人の論文数が減り、(日本人が執筆した論文の)被引用数も落ち込んでいて、「技術立国ニッポン」が危ういという声を聞きます。この現状をどう見ますか?
先端分野における論文数、被引用数が大幅に落ち込んでいるのは由々しき事態です。技術開発で米国、中国に完全に遅れてしまっています。これから開発が期待されている6G(5Gの先にある次世代移動通信技術)と、処理速度や記憶容量がいまの数百倍ともいわれる量子コンピューティングの分野との両方において、中国が先頭を走っているのが実情ですね。
日本経済は平成に入ってからGDP(国内総生産)がフラットになり伸びなくなりました。おかげで、企業の時価総額ランキングをみると、30年前はトップ10のうち7社が日本企業でしたが、現在はトヨタ自動車が40位前後に入るくらいで、上位はGAFAや中国企業ばかりがランクインしている嘆かわしい状況です。
20年ほど前であれば、日本企業は「技術開発で勝っていてもビジネス(事業)では負けている」といわれていました。ですが、いまは技術と事業の両方で負けてしまっているのです。
――19年末に旭化成名誉フェローで名城大学教授の吉野彰さんが(19年の)ノーベル化学賞を受賞したのは喜ばしいことです。一方で、実体経済では中国がITを中心に巨大な経済大国に成長し、日本は先端技術で大きく立ち遅れている状況です。この事態や、ノーベル賞の意味についてどのように考えますか。
まず、ノーベル賞の授与は30年以上前の研究業績に対してのものが多く、いわば「過去の栄光」に対してだということがあります。現在は日本人も受賞できていますが、先ほどお話しした先端技術分野における現在の国別論文数などを見ると、今後は日本人の受賞者は難しくなるかもしれませんね。一方で中国人の受賞者も出てくるようになるでしょう。
他方、ノーベル賞はサイエンスの発展に貢献したことを評価することによって賞が与えられています。デジタル技術自体は新たな発見ではないですし、それが社会システムを変えたとしても、そのことに対して賞は出しません。だからGAFAやIT技術が最も進んでいる中国の技術者には、ノーベル賞は与えられていないのです。
しかし、GAFAや中国のIT企業が経済や人々の暮らしを大きく変えているのは間違いないですし、その時価総額は、ノーベル賞の有無に関係なく急増して、4社だけで東証一部上場企業全体の7割にあたるほどになっています。ノーベル賞授与の考え方も今後変わってくるかもしれませんが、日本も、ベーシックなサイエンスだけでなく、社会との関係を意識した研究開発にリソースを投じるべきだと思います。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング