#SHIFT

「ノーベル賞は過去の栄光」――三菱ケミカルHD小林喜光会長が語る「日本が“2流国”に転落しないための処方箋」三菱ケミカルHD小林喜光会長が斬る(前編)(3/4 ページ)

» 2020年02月21日 11時55分 公開
[中西享, 今野大一ITmedia]

「敗北を自覚し、最後の戦い」

――中国に圧倒的な差をつけられたいま、日本の技術政策をどう変えるべきでしょうか。

 私は総合科学技術・イノベーション会議で有識者として議員をしています。科学技術・イノベーション政策における司令塔として、重点を置く技術分野をAI、バイオ、量子技術とし、また、破壊的イノベーションを志向するべく「ムーンショット型研究開発制度」を創設しました。2050年までの目標として、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会、超早期に疾患の予測・予防をすることが できる社会など6項目を掲げていますが、その最終的な目標はHuman Well-being、すなわち人々の幸福です。

――「ムーンショット」は、革新的研究開発推進プログラム ImPACT(インパクト)など、過去の研究開発プロジェクトと何が違うのでしょうか。研究費のバラマキにはならないのでしょうか。

 「ムーンショット」は、わが国発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来の延長にない大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する新たな制度です。司令塔である総合科学技術・イノベーション会議の下で、関係省庁が一体となって取り組んでいます。「インパクト」に比べて、目的が明確になっているという認識ですね。

 米国や中国では一つのテーマに何千億円も投じている中で、これだけの内容で1000億円ですから、バラマキというレベルではないと考えています。1000億円の予算で「AI」「バイオ」「量子コンピュータ」の3つを実現するのは、無理かもしれないくらいです。米国や中国は、量子コンピュータ技術の研究だけで何千億円も使っているわけです。予算が足りない分をカバーするには知恵やアイデアが必要ですから、そこが勝負になるでしょう。本当に良い研究が見つかったら、追加で予算を組むなど、柔軟なやり方をすべきだと思います。

 研究開発のやり方ももっとイノベーティブにやっていきたいので、基本的にはプログラムディレクター(PD)に全権を委任します。世界的な知恵を活用するのでPDは日本人に限る必要はありません。ただ、国民の税金を使うわけですから、放任にはできない。2〜3年に1回はその成果について点検の作業をしていきます。

 しかしこれもチェックが行き過ぎれば、決まりきったテーマしか残らなくなってしまいます。「失敗してもいいんだ」「トライしてみよう」というくらいチャレンジングなことをやるのは初めてのことなのです。

photo

――2021年度からスタートする「第6期科学技術基本計画」策定の論議が始まりますが、何が主要テーマになるのでしょうか。前回は超スマート社会「ソサエティ5.0」がテーマとして提唱されたものの、実現した感じはしません。この教訓を踏まえて6期の基本計画のポイントは何になるのでしょう?

 第6期科学技術基本計画では、ソサエティ5.0の実装化、つまり社会実装がテーマとなると考えています。科学技術基本法では、従来、人文科学は対象とされていませんでしたが、これも改正される方向で、今回は自然科学と人文科学の融合も基本計画に入ってくるという点が異なります。

――先端技術開発では中国に相当の差をつけられていますが、日本はキャッチアップできるのでしょうか。

 日本は敗北を自覚して「技術後進国」になったのだと認識すべきです。「中国や台湾と比べれば先進国だ」などと言っている場合ではないのです。

 量子技術や5Gでは完全に中国に置いていかれています。残された時間はあまりありません。官民一丸となって、先端技術の研究開発にまい進し、少しでも追い付けるようにするしかないのです。そのために、安倍晋三首相が1月に通常国会の所信表明演説で述べたように、これからは若手研究者にも研究費を思い切って配分すべきです。苔の生えたような学問よりも、社会のシステムを変える革新的な技術開発に重きを置くべきではないでしょうか。すでに「最後の技術開発の戦い」は始まっているのです。

photo

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.